第47話 お妃様が怪我をしているよ

 ヴァンが砦の中に入ると、そこにメディナ・アーレングスがいた。傍らにはいつものメイドの姿もある。

 メディナはヴァンの姿を見るや、大きく目を見開いた。


「貴方、まさかこんなに早く……」


「飲め」


「ングッ!?」


 会話をする暇もなく、ヴァンがメディナの口にビンを突っ込んだ。

 ビンの中に入っていた液体がメディナの喉に流れ込んでいき……途端、身体の痛みが消える。


「プハアッ! あ、貴方……これってポーションじゃないの!?」


 異民族の襲撃によって負っていた怪我が治っていた。

 ヴァンが飲ませたのは魔法によって生み出された治療薬……ポーションである。

 いくつかの薬草を混合させ、魔力を流し込むことによって生成される貴重な薬品だった。


「ポーションって……そんな物を使うほどの怪我じゃない! どうして、そんなもったいないことをするの!?」


「いざという時に飲むようにと、妹から持たされていた。今がその時だ」


「…………!」


 ポーションの質はピンキリ。

 質の良い物であれば、金貨を山のように積み重ねなければいけない。

 メディナが飲まされたのは最高級品には一歩及ばないものの、それに準ずる高品質な物だった。


(まさか……そこまで、私のことを大切に思ってくれていたというのか……!?)


 メディナが唖然として固まってしまう。

 メディナは政治的な利用価値から、ヴァンの妃として娶られることになった。

 しかし、ヴァンが王になってからかつての政敵のほとんどは駆除されており、仮にメディナが死んだとしても政権が揺らぐことはないだろう。

 もはや利用価値も無くなった仮初の王妃を、暴君の圧政を許した役立たずな女を、まさかそこまで大切にしてくれるのか。


「怪我が治ったのなら何よりだ」


「あ、ありがとう……感謝する」


 メディナが縮こまり、小さな声で礼を言う。

 相手は家族の仇。国の仇ではあったが……それでも、夫から大切にされるというのは悪い気がしない。


「そ、そんなことよりも……もう知らせは入っているだろう? 異民族が攻めてきたようだ」


 メディナは照れ隠しのように話題を切り替える。


「奴らは大森林の近くにあった村を焼いて、略奪をしているようだった。私は村人を逃がしながら戦い、この砦まで追い込まれたのだが……彼らは炎の魔法にも似たおかしな道具を使っていた。投げてきた壺が急に爆発したんだ」


「爆発……?」


「ああ。正体や原理はわからないが、マジックアイテムかもしれない。この砦を攻める際には使っていなかったから、もしかすると個数が限られている可能性もあるな」


「…………そうか」


 ヴァンは少しだけ考えてから、頷いた。


「後続して、軍がこちらに向かってきている。彼らと合流するまでは迂闊に動かない方が良いだろう」


「だが……何もしないで待つのか? 今もどこかで村や町が襲われているというのに?」


「ならば、生き残っている兵士に情報を集めさせろ。ここを仮の軍事拠点とする」


「…………」


「敵の場所も数もわからない。そんな状況では動けない」


「……百戦錬磨の貴方が言うのであれば、そうなのだろう」


 メディナは軍事に関しては素人である。

 負け無しの英雄であるヴァンがそうだと言っているのなら、反対意見など出せなかった。


 ちなみに……ヴァンにもそこまで深い考えがあるわけではない。

 ただ、漠然とした直感として今は情報収集以上にできることがないと、感じ取っているのだ。


「ああ……やることがあったな。俺にも、お前にも」


「何かしら? 私にできることがあるのなら、何だってするけれど……」


「子作り」


「へ?」


「しばらく忙しそうになるので、先にまとめてやっておく……ついてこい」


「ちょ……!」


 ヴァンがメディナの身体を軽々と抱えて、荷物のように運んでいく。

 もしも怪我が治っていなかったら、それを言い訳にできたのに……全快しているため、それは敵わない。


「ひ、姫様―!」


 メイドが止めようとするが、ヴァンは無視して砦の廊下をズンズンと進んでいく。


「後は任せた。良きに計らえ」


「ちょっと待……きゃあああああああああああああああ!」


 ヴァンは適当な兵士に適当な指示を言い残して、メディナを適当な部屋に連れ込んで雑に抱いた。

 古くて穴だらけの砦の部屋から聞こえてくる嬌声に、兵士達がそろって顔を赤くしたのであった。

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