第21話 ロイカルダン平原の戦い 後編
アイドラン軍が罠にかかって弩弓の餌食となり、総指揮官であるエイリック・アイドランが逃亡して……戦場はゼロス軍の思うがままになっていた。
頭を失ったアイドラン軍は半数が右往左往しており、混乱して逃げ回っている。
ゼロス軍の振り下ろした槍によって次々と討たれて、数を減らしていった。
それでも……ギリギリのところで持ちこたえているのは、アイドラン王国の護国の大将であるモルテガ・ブラックがいるからだ。
モルテガが最前線に立って兵士達に
そうでなければ……アイドラン軍はとっくに瓦解しており、濡れた紙を破るように四散していたことだろう。
「勝利まであとわずかだ! 皆、このまま攻撃を……」
「ロット王太子殿下! 我が軍の陣地から火の手が上がっています!」
「何だと……! そんな、馬鹿な……!」
だが、得意げに戦っていたゼロス軍に訃報がもたらされた。
突如として、ゼロス軍の陣地から燃えさかる炎が上がったのである。
あの場には留守役の将と一千の兵士を守りに残していたはずなのに……燃えさかる炎、黒い煙は戦場のどこからでも見えるくらいに高々と上がっていた。
「まさか、本陣が奇襲されていることに気がつかないなんて……戦場の深くまで踏み込み過ぎたか!」
ロットが悔しそうに叫ぶ。
ロットは年齢十八歳の若い王太子だったゼロスの王族特有の紅色の髪、戦場には似合わぬ中性的な美貌の持ち主である。
その美貌が見る影もなく歪み、怒りと焦りに染まっていた。
ロットが自軍の陣地が攻められていることに気がつかなかったのには、いくつかの理由がある。
一つ目の理由は、圧倒的に有利に戦況が働いていたこと。
エイリック・アイドランが逃げ出したことにより、ゼロス軍は早くも勝利の美酒に酔いしれていた。目の前にぶら下がった勝利によって、後方への意識が削がれていたのだ。
二つ目の理由はモルテガ・ブラックが奮戦していたこと。
アイドランで一、二を争う名将が決死の抵抗をしていたことで、ロットの目はその男に集中させられていた。これもまた、後方への意識を削ぐ原因である。
そして……最後の理由は、本陣を襲撃したのがヴァン・アーレングスという類まれな英傑であったこと。
ヴァンはごく少数で、ごく短時間で本陣を落として、火を放って見せた。
これにより……ロットが軍を後方に戻す暇もなく、ゼロス軍の陣地は火の海になったのである。
「攻めろオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオッ!」」」」」
おまけに……ヴァンの活躍はまだ終わってはいなかった。
自軍の陣地が焼かれているのを見て動揺しているゼロス軍の後方へ、勢い良く襲いかかったのである。
ヴァンに率いられた兵士はたったの三百人だったが……勢いづいた彼らは止まらない。
周囲で散り散りになっていたアイドラン軍の残党をかき集めながら、ロットめがけて迫ってきていた。
「好機だ……一気に畳みかけよ!」
「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオッ」」」」」
おまけに……ヴァンに呼応して、アイドラン軍の副将であるブラックも動き出した。
一方的にやられていたアイドラン軍が決死の反撃。命を顧みない攻撃をゼロス軍へと浴びせかける。
「クッ……まさか、この僕が追い詰められているのか!?」
「王太子殿下! 我が軍が挟み撃ちに遭っています!」
こうなると、苦しいのはゼロス軍の方である。
前門のブラック、後門のヴァン……二人の名将によって、かえって追い詰められる立場となっていた。
先ほどまでの圧勝ムードから一転して、刻一刻と敗北に向かっている。
「おのれ……おのれ……どうして、こんなことに……!」
「王太子殿下! お逃げください!」
「このままでは……我が軍は壊滅いたします!」
「おのえええええええええええええええええっ!」
ロットが秀麗な顔を激怒に歪めて、戦場から逃げ出した。
多くの味方の兵士を犠牲にいて……それと引き換えに、祖国へと逃げ帰る。
ロイカルダン平原の戦い。
結果的に、この戦争に勝利したのはアイドラン軍である。
だが……アイドラン側もまた、傷は深かった。
この戦いによって負った傷が原因で、護国の大将であったモルテガ・ブラックが命を落とすことになる。
兵士も大勢失ってしまい、ゼロス軍を追撃するどころではなくなってしまった。
おまけに……戦場から逃げ出したエイリックへの風当たりも強かった。
アイドラン軍が勝利したことにより、『勝てる戦争から逃げた軟弱者の王子』というレッテルが被せられたのである。
「チクショウが! これも全部全部、あの平民上りの騎士のせいだ!」
エイリックは戦争を勝利に導いた立役者であるヴァンに逆恨みして、彼を辺境に追放することを決定した。
味方からは英雄として持て囃され、敵からは『ロイカルダン平原の人喰い鬼』と呼ばれて恐れられるヴァンを追放したことが……アイドラン王国の滅亡のきっかけとなる。
追放されることになったヴァンは妹に泣きついて、反乱を起こすことを決意。
この戦争に参加していた多くの騎士がヴァンを支持して、その旗下に加わった。
護国の大将を失っていたアイドラン王国はろくに抵抗することもできずに、王都まで占領されることになったのである。
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