第22話 お隣さんから嫌われてるよ

 アイドラン王国……改めて、アーレングス王国の北方にある国、ゼロス王国。

 大陸中央から北方にかけてまたがるその国は、北国ということもあって寒冷な気候である。

 一年の半分以上が雪景色によって覆われており、国土の大部分がツンドラ地帯となっていた。

 作物は育ちづらいものの……鉱山をいくつも所有しており、鍛冶技術が発達している。

 それによって強力な武器を生産しており、有数の軍事国家としての地位が確立されていた。


「…………ハッ!」


 そんなゼロス王国の王都。

 王城の一室にて、一人の人物がベッドから飛び起きた。

 周囲には暗闇の帳が下りており、まだ夜更けであることがわかった。


「ハア、ハア……夢だったのか……」


 顔に手を当てると、とんでもない量の汗をかいていることに気がついた。

 悪い夢を見ていたのだ。

 人生で最悪かもしれない日の夢を。


「……ヴァン・アーレングス」


 シーツを握りしめて、暗闇の中でその人物がつぶやいた。

 中性的で端正な顔立ちの若者である。

 その人物の名前はロット・ゼロス。ゼロス王国の王太子である。


「ヴァン・アーレングス……僕は忘れないぞ。貴様のことを……貴様を殺す日まで決して忘れない……!」


 憎々しそうにつぶやくロット。

 ロットはかつて、ロイカルダン平原でアイドラン王国の軍と戦った。

 そして、あと少しで勝利するというところで……一人の男の介入により、敗北することになってしまう。

 ゼロス王国の勝利を阻んだ人物こそがヴァン・アーレングス。『ロイカルダン平原の人喰い鬼』などと呼ばれて、恐れられている人物だ。


 ロットはかつて、王太子として栄光の下で生きていた。

 優秀で勇敢なロットは父王からも臣下から認められており、次期国王になることが確実であると言われていた。

 しかし……ロイカルダン平原での敗北により、その人生にかげりが生じる。

 あの戦争での敗北により、それまで息を潜めていた反抗勢力がロットを引きずり落とすべく動き出したのだ。

 国内の有力者が第二王子、第三王子を担ぎ出している。

 ゼロス王国内では水面下で激しい権力争いが生じており、最悪の場合、内乱に発展しかねない情勢となっていた。


(僕が負けなければ、勝利していたのであれば、こんなことにはならなかった……他の王子を支持する者達も動き出すことはなかった。確実に王になっていて、他の王子達は臣籍降下して終わっていたというのに……!)


 ロイカルダン平原での敗北により、他の王子が「自分が王になれるかもしれない」と思われるような隙を作ってしまった。

 それ以来、ロットはずっと敵国の英雄であるヴァン・アーレングスに対して激しい憎しみを燃やしている。

 そんなロットのところに、先日、さらに怒りの火に薪をくべるような知らせが入ってきた。

 ヴァンがアイドラン王国に対してクーデターを起こして、国を乗っ取ったという報告である。


(いや……あの男ならば自然なこと。寡兵にて戦況を一変させるあの男であれば、愚王や愚王子の下にいるような器ではない……)


 それは驚くべき知らせのはずだったのだが……不思議とロットは納得していた。

 アイドラン王国の王族はごく一部を除いて、腐りきっている。

 明らかに未来のないアイドラン王国にいつまでも仕えているほど、ヴァンという男は大人しい人間ではないだろう。

 ロットがヴァンに直接、会ったことはないのだが……何故だか、それを理解することができていた。


(貴様のせいで、この国は混乱の渦中に陥れられた……この借りは必ず返してやる……!)


 できることなら、クーデターが起こった直後に旧・アイドラン王国に攻め込みたかった。

 しかし……かつての敗戦によって生じた損害のせいで、なかなか戦いの準備ができなかったのだ。


(だが……ようやく、その準備が整った! ヴァン・アーレングス……貴様の国をこの手で滅ぼしてくれる……!)


 アイドラン王国……否、アーレングス王国を滅亡させれば、その功績によってロットは権威を取り戻すことができる。

 混乱するゼロス王国をまとめ上げて、他の王子を退けることができるだろう。


「待っていろ……ヴァン・アーレングス! 貴様の天下は長くは続かぬぞ……!」


 かくして……王太子ロット・ゼロスは動き出す。

 雪辱のため、復讐のため……アーレングス王国へと矛を向けた。

 ロット・ゼロスから送られた書状……宣戦布告としか思えないそれがヴァンの手元に届いたのは、それから数日後のことである。


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