第57話 まだまだ行くよ!

 ガラムを屈服させたことにより、南の大森林に棲んでいた異民族……獣人と呼ばれる彼らを降伏させることに成功した。

 ただし、全ての獣人が服属したわけではない。

 ガラムの命令を受けて忠誠を誓ってきたのは、『翼の一族』、『牙の一族』、『鱗の一族』の三部族のみである。

 大森林にいる他の部族……『爪の一族』、『甲羅の一族』、『耳の一族』、『蹄の一族』の四部族については、服属を拒んでいた。


「あれえ、おかしいぞお?」


 そんな報告を受けて、ヴァンは首を傾げた。

 場所はいつもの寝室であるが、今日はいつもとは違って妹に泣きつくことなく、太腿で膝枕をしてもらっている。


「ねえねえ、妹ちゃん。あのガラムって鳥さんは獣人の王様なんだよね? あの人が降伏しているのに、他の人達はどうして従ってくれないの?」


「それはですね、お兄様……獣人の中にも親しかったり、そうでなかったりする派閥が存在するからですよ」


 ヴァンの疑問に、愛おしそうに兄の頭を撫でながらモアが答える。


「一言に異民族とか、獣人とか、人間はまとめて呼んでいますけど……彼らはそれぞれの部族が別の集団。別の一族です。それぞれの一族に違った主張や考え方があるのです」


 彼らは共に『部族王』という統一した王としてガラムを認めているが、積極的に従っているかどうかは別問題。

 ガラムの出身部族である『翼』、交友関係のあった『牙』と『鱗』は若き部族王の台頭を前向きに受け入れており、その証に一族の姫を妻として差し出した。

 一方で、ガラムが王になったことを気に入らない、もしくは日和見を決め込んでいるのが他の四部族である。


「『爪』は『牙』と敵対関係にあり、『牙』と親しくしている『翼』のことも嫌い。『蹄』はガラムが王になったのは受け入れているが、人間との戦争には反対。『甲羅』は日和見主義者で、『耳』は八方美人の二枚舌。ガラムは掟による決闘の儀式で部族王になったものの、全ての部族の忠誠は得られていないようですね」


 情けないことであるが……ガラムが完全に悪いとはいえない。

 そもそも、全ての派閥や政党から支持を受けた君主がどれほどいることだろう。

 独裁政権を築いたヒトラーでさえ、国内に差別階級、国外に敵対勢力を作ることで、ようやく国民をまとめ上げた。


「つまり……他の四つの部族も倒さなくちゃ、本当に大森林の異民族をやっつけたことにはならないんだね?」


「その通りですよ、お兄様」


「なるほどねー……だけど、無理に大森林を手に入れなくちゃいけないのかな? 俺達に何か得があるのかな?」


「ガラムから聞き出したことですが……大森林には様々な資源が眠っているようなのです」


 未開の地……大森林は資源の宝庫であるようだ。

 例えば、森の中にはポーションの材料になる薬草が豊富にある。

 さらに、森の奥にある山々からは鉄鉱石や硫黄、岩塩などが見つかっていた。

 鉄などは獣人には加工技術がなく、宝の持ち腐れになっているようだが……アーレングス王国にとっては宝の山である。


「薬草などはデリケートですから、兵隊お送り込んで森を踏み荒らすようなことはしたくありませんね」


「ああ、わかったよ。妹ちゃん」


 皆まで聞かず、ヴァンが朗らかに言う。


「つまり……俺が森に行ってきて、逆らう獣人をぶっ殺して来ればいいんだよね? そうやって森を奪ってあげれば良いんだね?」


「うんうん、それを迷わずに提案してくれるお兄様はマジ最高です……とはいえ、違いますよ?」


 頼もし過ぎる兄に苦笑しつつ、モアがこれからやるべきことを説明する。


「お兄様にやっていただきたいのは……服属した三部族の仲介を受けて、逆らっている四部族を説得してもらうことです。もちろん、力ずくで」


「え? それはぶっ殺すのとどう違うのかな?」


「できれば、皆殺しにはしないでください……彼らには使い道がありますので」


 獣人は魔法を使えないし、武器や道具を作るのも不得手だ。


「だけど……もしも魔法使いと組ませて仕事をさせたら、人間が作った武器や道具を使わせたら、頼もしい味方になります」


 もちろん……反抗されては困る。

 逆らうことができないように、上下関係をしっかりと叩き込んでおかなくてはいけない。


「そういうわけで、お願いいたしますね?」


「ああ……そういえば、子供の頃に村に迷い込んだ虎をしつけてペットにしたことがあったよね。アレと同じことをすれば良いのかな?」


「そうそう、さすがはお兄様です。物分かりが早くて助かります」


 モアが両手を合わせて、小さく拍手をした。


「ちなみに……獣人にとって最大の忠誠の証は一族の姫であるそうです。もしも姫を差し出させることができたら、それがベストですね」


 すでに服属している三つの種族が逆らうことなく支配を受け入れたのも、ガラムの命令というだけではなく、すでに三人の姫の身柄が抑えられているということもあるのかもしれない。


「うん、わかった。それじゃあ、さっそく行ってくるねー」


 巨人は悪意が無くとも、歩いただけで人や町を破壊する。

 ヴァンという名の巨人は再び、南に向かっていく。

 自分が歩いた後で、どれほどの犠牲が出るのか少しも考えずに。

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