第55話 二人の転生者
「何と言いますか……全体的に荒いんですよね。行動が全て」
暗い暗い地下室。
オレンジ色の松明の明かりの下で、アーレングス王国第三王妃にしてヴァンの妹、参謀でもあるモア・アーレングスが朗々と語る。
「大森林に棲んでいた異民族……獣人の方々をまとめ上げて、一つにしたのは良いでしょう。武器を持たない獣人に石器を与えたのも、火薬を開発して兵器にしたのも良し。でも……さすがに、この段階での北伐は早過ぎるでしょうに」
「…………」
モアの言葉を受けて、その男は沈黙で返す。
モアがいる場所は王城の地下にある牢屋だった。
鉄格子の向こう側には異民族のリーダーであった少年……ガラムがいて、ボロボロになって鎖で拘束されている。
「もしも、私が貴方の立場であったのなら……中途半端な情報収集をしただけで、すぐに戦争を起こしたりはしません。仮に食料や鉄の加工ができる技術者が欲しいのであれば、盗みや誘拐、あるいは取引による売買といった手段を選んだでしょうね」
「…………」
「それなのに、どうして貴方が戦争という直接的な手段を取ってしまったのか……当ててあげましょうか?」
ガラムは何の反応もしなかったが、一方的に語るモアは愉快そうである。
謎解きゲームの答え合わせをするように、痛快そうに告げた。
「それはですね……貴方が勝ち過ぎたからです」
「…………」
「大して知恵もなく、文明の利器も持っていない脳筋の獣人を良いように転がして、勝ち続けてきたからですよ……貴方は勝ちに慣れ過ぎてしまったんです」
戦国時代。武田勝頼という名前の大名がいた。
かの有名な武田信玄の息子であり、死後に家督を継承して甲斐・信濃の大名となった人物である。
有名過ぎる父親に対して……武田勝頼という男の評価はかなり落ちる。
「武田勝頼はすごい人物だったそうですよ。戦上手で頭の回転が速く、あの上杉謙信も油断ならない敵であると語ったほどです」
「…………」
「彼は格下の大名である徳川を相手に連戦連勝。ひたすら勝ち続けて、大きな敗北を経験することはありませんでした……あの『長篠の戦い』まではね」
その『長篠の戦い』が問題だった。
設楽原という場所で行われた、織田信長との決戦。
その戦いで武田勝頼は慢心から罠にかかってしまい、決定的な大敗を喫することになる。
武田家の柱である多くの重臣を失ってしまい、後の滅亡に繋がってしまう損害を負ってしまったのだ。
「もしも武田勝頼がこの戦いよりも早く、敗北を経験して学んでいたら……歴史の結果は変わっていたと思いますよ。少なくとも、滅亡することはなかったかと」
「…………」
「貴方も彼と同じですよ。現代日本の知識を使って未開の原住民達を降して、連戦連勝。負け知らずで若き王となってしまったために、自分は絶対に勝てると思い込んでしまった。だから、他にも方法があったにもかかわらず、乱暴で手っ取り早い手段を取ってしまったのです」
「……ウルサイ」
そこまで語ると、ようやくガラムが口を開いた。
殴られてボコボコに腫れあがった顔面、その暗く淀んだ瞳がモアに向けられる。
「『甲陽軍鑑』にも、国を滅ぼす王として『強すぎたる王』を挙げていますね。中途半端に強くて賢い王様というのは、弱くて愚かなのと変わらないのかもしれません」
「ウルサイ……黙れよ……」
「どうせ転生して俺つえーとか思ってたんでしょう? 井の中の蛙のままでいたら、今も強者でいられたでしょうに……のこのこと海に出てくるから、こういうことになるんですよ。猛省してくださいな」
「ウルサイ! 黙れって言ってるだろ!」
ガシャンと金属の音が鳴る。
ガラムが自分の両腕を拘束している鎖を引っ張ったのだ。
「チクショウ……クソックソックソッ! お前か……お前が転生者だったんだな!?」
「はい、その通りです」
「お前さえいなければ、上手くやれたのに……俺は、俺は……!」
「…………」
血を吐くように吠えるガラムに対して、モアの瞳は冷淡である。
先ほどまで浮かべていた、愉快そうな表情を引っ込めた。
「歴史の
「お前……!」
「それでは、真剣な話をしましょうか……貴方はこの国に囚われて捕虜となりました。このままでは処刑されることでしょう」
「…………!」
ガラムの身体がビクリと震えた。
怒りに染まっていた両目に、わずかに恐怖の色が混じる。
「貴方が生き残る方法は一つだけ。私が提示する条件を呑むことです」
「…………」
「条件は二つ。一つ目は貴方を含めた大森林の異民族全員がアーレングス王国に従属すること。二つ目は貴方が知っているあらゆる知識を提供することです」
「知識……だって?」
「火薬の製法、その他もろもろ。私が知らず、貴方が知っている情報の全てです」
モアだって火薬を作ろうとしたことはあるが、火薬の材料である硝石が見つからずに断念したことがあった。
紙の上、文献の知識を持っているのと、それを現実に活用できるのかは別問題なのだ。
「貴方がどこの誰かは知りませんけど……こんな大それたことをやらかすくらいですし、知識に自信はあるのでしょう? どうぞ、教えてくださいな」
「俺が協力すると思っているのか……」
「協力しなければ、死んでしまいますよ?」
揶揄うように告げると……ガラムはしばしの沈黙の後、苦渋の顔で言う。
「馬鹿にするな……死ぬことなんて怖くない……!」
「はい?」
「俺は王だ……獣人を束ねる部族王だ! お前達なんかに屈服しないぞ……!」
それは少年にとって、最後に残った誇りだったのだろう。
一度は王を名乗った男の矜持。
どうやら、目の前の男は愚かではあってもクズではなかったようである。
「そうですか……だったら、良いでしょう」
「何……?」
「連れてきなさい」
モアの後ろから数人の兵士が現れる。
兵士達は牢屋の中に入り、ガラムの両腕に付けられた枷を外す。
「……何のつもりだ?」
「面白い物を見せてあげましょう……私や貴方のようなまがい物とは違う、本物の『チート』というものを」
兵士に両腕を掴まれて、ガラムが牢屋から引きずり出された。
「……俺を、どうするつもりだ?」
「ついてくればわかりますよ……貴方のプライド、徹底的に折ってあげます」
穏やかに……まるで慈母のように微笑んでいるモアの顔は美しかったが、それ以上の恐ろしさを湛えている。
まるで正体不明の怪物を前にしているようで、ガラムはブルリと肩を震わせた。
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