第16話 結婚しようよ、妹ちゃん!

『さ、昨晩は激しかったです。足腰が立たない……』


『ほほう、孫娘の初花を散らしてしまいましたか! これはもう陛下に娶ってもらうしかありませんな!』


 アームストロング要塞での決闘に勝利したヴァンであったが……帰り道は肩を落として馬に乗ることになった。

 勝利後の宴で酒を飲み過ぎてしまい、気がつけば朝。

 ベッドで眠る傍らには辺境伯の孫娘であるリューシャ・ウルベルスがいて、明らかに事後といったふうに乱れていた。

 シーツには処女の証である血の痕もあり、言い訳ができない状況である。


「ご、ごめんなさい。妹ちゃん……!」


「…………」


 王城に帰宅して一番。

 ヴァンは執務室で書類仕事をしていたモアに土下座をした。


「決闘に勝ってウルベルス辺境伯に忠誠を誓ってもらったけど、孫娘に狼藉を働いてしまいました……もしかすると、そのせいで辺境伯との関係がこじれちゃうかもしれない。俺が悪かったです。ごめんなさい……!」


「お兄様……」


「……はい」


「よくぞやってくれました! それでこそ、モアのお兄様ですわ!」


「へ……?」


 男として、人として最低なことをしてしまったと思ったのに。

 愛する妹から浴びせられたのは喝采と称賛の言葉である。


「辺境伯家の娘を側室として娶ったのであれば、アーレングス王国がウルベルス辺境伯家の忠誠を得たと誰もが思うでしょう! もはや国内の不穏分子も動くに動けない! 東の帝国も警戒して攻め込んでこれなくなるはずです!」


「え、え? ええっ!?」


「ユーステスから早馬で報告書は受け取っていましたが……本当にさすがですわ! お兄様はいつだって私が期待した以上の結果を出してくれます!」


「よ、良かったの? いや、でも……未婚の女性を抱いちゃったんだよ?」


「宴に参加していたユーステスの話では……酔いつぶれたお兄様をリューシャ嬢が積極的に介助して、客間に連れて行ったそうですよ? むしろ、そうなることをアッチも望んでいたような気がしますけど?」


「ええっ!?」


 初耳である。

 てっきり、また悪酔いをして無理やりに襲ってしまったのだとばかり思っていた。


「あちらも新興の王家に外戚として食い込めますし、お互い良い結果になることでしょう。お兄様が嘆かれる理由など、何一つとしてございません」


「そ、そっか……良かった」


 ヴァンは心の底から安堵する。

 とりあえず、リューシャを一方的に傷つけたということではないようだ。


「フフッ……旧・王家の血を引いているメディナ様、国内最大の武闘派貴族であるリューシャ様、御二人を妃として迎え入れれば、もはや国内で逆らう者はいないでしょう。アーレングス王国の土台は盤石になり、より積極的に改革を進めることができますわ」


 悪しき貴族の処分。

 周辺の諸外国への対応。

 国民にとってためにならない法律・制度の撤廃。

 国や貴族に見捨てられた土地の救済。


 やらなければいけないことは山ほどある。

 そのために、さし合って済ませなければいけないことは……。


「結婚式ですね、お兄様と二人の! 正式な戴冠式と併せて行って、国中にアーレングス王国と新たな王の存在を知らしめましょう!」


「え……?」


 ヴァンが驚いたような顔をする。

 予想外の反応にモアも首を傾げた。


「どうされましたか? まさか、この期に及んで王になるつもりがないと言うつもりじゃないですよね?」


「いや、それはもう諦めたけど……二人じゃなくて三人だよね?」


「へ?」


「メディナ様とリューシャ様と……それと妹ちゃん。俺は三人と結婚するつもり満々だったけど?」


「ふおっ!?」


 思わぬ言葉にモアが顔を真っ赤にして仰け反った。

 実のところ、ヴァンとモアの間に血のつながりはない。

 没落貴族の平民であったヴァンの父親が、事故で命を落とした臣下の娘を引き取って養子にしたのだ。


「俺は昔から、妹ちゃんを奥さんにするつもりだったけど……違うのかな?」


「い、いや、それは、あの……私とお兄様では身分が違いますし、今は王様ですから、その……」


「関係ないよ、妹ちゃん……俺と結婚しようよ」


「はふう……」


 珍しく真剣な表情で見つめてくる兄に、モアが悶絶した。

 モアが首を縦に振って了承するのに、それほど長い時間は必要なかったのである。

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