第17話 パレードだよ、妹ちゃん
そして……記念すべき、その日がやってきた。
アーレングス王国、初代国王の結婚式の日である。
幸運なことに晴天にも恵まれて、王都の大通りには風の魔法によって花びらのシャワーが舞い上がっていた。
「国王陛下、万歳!」
「アーレングス王国に栄光を!」
温かな陽光が降りそそぐ中で、人々の明るい声が響きわたる。
大通りの左右には無数の国民が並んでおり、喝采の声を上げて若き夫婦の門出を
人々が手を振る先には二頭の白馬に引かれた馬車があり、四人の男女が乗っていた。
「ありがとう……皆、ありがとう……」
一人は白のタキシードに赤いマントを着けた男性である。
ヴァン・アーレングス……この国の新たな国王。暴君を打ち倒して、一ヵ月とかからずに国の簒奪を成し遂げた若き英雄だった。
ヴァンは緊張しているのだろうか……硬い表情で、民衆に手を振り返している。
そして……残る三人はいずれも見目麗しい女性だった。
ヴァンの妻になる女性。アーレングス王国の王妃となる美姫である。
「ありがとう、ありがとう……」
一人目はメディナ・アイドラン。
金髪の髪をなびかせ、白いドレスを着たスタイルの良い美女。
ヴァンの手によって滅亡されたアイドラン王国の王女であり、憎むべき仇の第一妃となった女性である。
一時はヴァンのことを恨んでいたメディナであったが……今となっては、ヴァンの妻となることを了承していた。
それでも、やはり納得いかない部分があるのだろう。民衆に手を振る顔つきは複雑そうであり……笑顔にはぎこちない部分があった。
「皆さん、ありがとうございます」
二人目はリューシャ・ウルベルス辺境伯令嬢。
白銀色の髪をポニーテールにした健康そうな美女である。
東方の雄であるウルベルス辺境伯家の秘蔵っ子であり、ヴァンの第二妃という地位を与えられていた。
リューシャは令嬢であるが武術の達人でもあって、白いウェディングドレスを身に着けながらも腰には細剣を
「ありがとうございます。皆さん、お兄様を末永くよろしくお願いしますー」
そして……三人目はモア・アーレングス。
黒髪を伸ばした美少女であり、ヴァンにとっては血のつながらない義妹である。
平民という地位ゆえに第三妃という立場に甘んじているが……先のクーデターを主導した黒幕であり、ヴァンの信頼も厚い参謀。
愛しい兄の隣に立つモアの頬は薔薇色に染まっており、世界中の幸福を独占したような笑顔が浮かんでいる。
「ヴァン国王陛下、万歳! アーレングス王国、万歳!」
「モアちゃん、綺麗だよー!」
「リューシャ様ー!」
民衆からは温かくも、親しげな声がかかっている。
かつて、アイドラン王国の王族は暴君として人々を虐げていた。
そんな暴君を打ち倒して王となったヴァン達は王であったが親しみやすく、民衆からの支持も強い。
リューシャも二人ほどではないが、東の英雄の孫娘で人々からは愛されていた。
「…………」
称賛される三人の隣で、メディナがわずかに表情を引きつらせている。
メディナは暴君の娘であり、悪逆の限りを尽くしたアイドラン王家の生き残りだ。
メディナ自身は人々を虐げるようなことは一切していないが……それでも、家族の罪を重く受け止めていた。
「メディナ姫、バンザーイ! 第一妃様、バンザーイ!」
「あ……」
そんな中、民衆の中に一際声を張り上げている女性がいる。
それはメディナに仕えているアンという名のメイドだった。
「バンザーイ、バンザーイ……姫様、どうかお幸せにー!」
「アン……」
涙を流しながら、精一杯に声を張り上げるアン。
その姿に、メディナの方まで涙ぐみそうになってしまう。
「バンザイ! バンザーイ!」
「ヴァン陛下に栄光あれ! アーレングス王国に繁栄を!」
人々に祝福を受けながら、新郎新婦である四人を乗せた馬車は進んでいく。
それは新たな国の始まりを告げるパレード。
新しき国のこれからを象徴しているかのような、幸福を絵に描いたような光景である。
「ありがとう、皆……ありがとう!」
そんな中、ヴァンが懐に手を入れて何かを投擲した。
民衆の誰の目にも止まらぬ速度で飛んでいった何かが、大通りに面した建物の屋根に突き刺さる。
「ウッ……」
否、それが突き刺さったのは屋根ではない。そこにいた何者かである。
弓矢を構えて、今まさに放とうとしていた何者かが、ヴァンの投げた短剣に胸を貫かれていた。
「お兄様……」
「大丈夫。虫がいただけ」
小声で訊ねてくるモアに、ヴァンは表情を変えることなく言葉を返す。
そのパレードはまさに、アーレングス王国の未来を象徴していた。
明るく、賑やかで、温かくて、笑顔に満ちあふれていて。
そして……少しだけ、キナ臭くて血の赤色に染まっている。
それはまさしく……アーレングス王国がこれから歩むことになる歴史を予言しているかのようだった。
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