第113話 超ノックするよ

『六皇剣』のうち四人を撃破したヴァンはなおも城の中を進んでいった。

 途中で適当な使用人を捕まえて順路を確認しつつ、到着したのは皇帝がいるという玉座の間である。


「よくぞ、ここまで到着しました。貴方がここにいるということは、他の四人は敗北したということですね……」


 大きな扉の前に立っている一人の女性。

 亜麻色の髪を靡かせ、神官服のような白い法衣を身に纏っている。


「君は?」


「『六皇剣』の一人、『神壁』のマーサと申します」


 やはり、『六皇剣』の一人であるらしい。

 武器らしき物は持っていないのだが、まさかヴァンと戦うつもりなのだろうか?


「どいてもらえるか? 死にたくはないだろう?」


「はい、死にたくありません……ですが、通すつもりはありません」


「ム……?」


 女性の前に半透明の膜のような物が出現した。

 ヴァンが手を伸ばして触れてみると、硬い壁のような感触だった。


「これは……?」


「結界です。玉座の間を覆うように展開しておりますので、壁を壊して侵入しようとしても無駄だと言っておきます」


「結界……そうか、そういう魔法があったんだな」


 非常に希少で使える人間が限られているそうだが、そういう魔法を使える人間がいると聞いたことがあった。


「壁や天井をすり抜けて……どういう理屈だ?」


「貴方が知る必要はありません……この結果はあらゆる物を断絶します。物理的な攻撃はもちろん、魔法も同様です。どうかお帰りください」


「帰る……戦わないのか?」


「私には戦う力はありません。無益な殺生も好みません」


 マーサが淡々とした口調で言う。

 結界越しではあるものの、ヴァンの目を正面から真っすぐ見つめている。


「貴方が何者であるかは知りませんが……この先に進めば、避けられない死が待っています。皇帝陛下だけではなく、貴方が倒した四人よりもずっと強い方……『六皇剣』のリーダーである人が待ち構えています。敵であるとはいえ、これ以上、誰かが命を落とすところを見たくはないのです」


「…………」


「だから、どうかこのままお帰りください。そうすれば、少なくともここで死ぬことはないでしょう」


「…………」


 ヴァンは無言で一歩前に進んで、ドアをノックするかのように拳で結界を叩いた。

 バシンッと鈍い音がする。硬い岩盤を殴ったような感触である。


「無駄ですよ。打撃でこの結界を破壊することはできません」


「…………」


 結界を殴る。ドンドンと殴る。


「無駄なことは止めなさい。力ずくでどうにかなるものではありません」


「…………」


 殴る、とにかく殴る。

 たくさん殴る。いっぱい殴る。


「いや、だから無駄ですよ? 無理だって言ってますよね?」


「…………」


「あの……こっちの話、聞こえてますか? 叩いても無駄だって言ってますよね?」


「…………」


「いや、無言で叩くのやめてくれませんか? 壊れないとわかっていても怖いんですけど?」


「…………」


「あの、え? やっぱり声が遮断されている? 声は阻害されないはずなんですけど……えっと、聞こえてないんですか? ちょっと?」


「…………」


「いや、ちょ……本当にいい加減にしてくださいよ! 怖いって言ってるじゃないですか!」


「…………」


「やめっ、いやいやいやっ、やめてくださいって! コラ、そんなに叩いたら……魔力が減って……やめてっ!」


「…………」


 結界を叩いているうちに、だんだんとマーサの声が焦ったように上擦ってくる。

 マーサが張った結界は確かに硬い。ヴァンが全力で殴っても壊れないくらいに硬い。

 だが……魔法で生み出した物である以上、それを構築するためには魔力を消費する。

 いくら叩いても壊れないのは、マーサが魔力で修復しているからだろう。殴れば殴るほど、マーサの魔力はどんどん減っていく。

 それを続ければどうなるか……明白である。


「ちょ……やめてっ、いや、そんなに強くしたらダメッ! 壊れちゃうっ!」


 マーサが身を捩じらせて、色っぽく鳴く。

 マーサはかなりの美貌の持ち主。こんな状況でもなければ、それなりに色めき立つような状況である。

 だが……ヴァンはやめない。ガンガン突く。


「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 やがて、マーサが甲高い絶叫を上げた。

 パリンッとガラスが割れるような音がして、結界が崩壊した。


「開いたな」


「あ……」


 スタスタとマーサの前に歩み寄る。

 床にへたり込んだマーサは恐怖に唇を震わせて、ヴァンのことを見上げた。


「どうする?」


「はうッ……!」


 マーサが恐怖のあまり、泡を噴いて失神した。

 おまけに……気絶したマーサの下半身から立ち昇る、生温かなアンモニアの香り。


「ごめん」


 ヴァンは気の毒そうにそれだけ言い置いて、玉座の間の扉を開いたのであった。






――――――――――

限定近況ノートに続きのエピソードを投稿しています。

よろしければ、読んでみてください!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る