第83話 仲直りだよ

「やれやれ……大したもんじゃないか。驚いたよ」


「ム……」


 ヴァンが男達を叩きのめしたタイミングで、近くにあった木々の陰からゾロゾロと男女が出てきた。

 現れたのは『海風の一味』のボスである女海賊ドラコ・オマリ。そして、彼女の配下である海賊達だった。


「これは……」


「ああ、説明しなくてもいいよ。見ていたからね」


 状況を放そうとするヴァンであったが……ドラコ・オマリが顔の前で手を左右に振った。


「そいつらが村を襲おうとしたんだろう? アタシ達が見張っているとも知らずにね!」


「グハ……」


 ドラコ・オマリが倒れていた男の一人を蹴りつけた。


「捕虜が反乱を起こすなんて、予想の範疇じゃないか! 警戒していて当然。わざと宴会を開いて隙を見せたらこのありさまだよ!」


「もしも大人しくしていたら、待遇を改善することになっていたんだがな」


 彼女の部下が言う。

 どうやら……ヴァンを含めた捕虜達は鎌をかけられていたようである。

 ドラコ・オマリらはあえて宴に参加して、隙だらけのところを見せたのだ。


「ああ……実際には隙など無かったわけだ。泳がされたんだな、俺達は」


 ヴァンがつぶやいた。

 どうやら、余計なことをしたようである。

 ヴァンが止めずとも、反逆者達は『海風の一味』によって鎮圧されていたことだろう。


「アンタらはアタシ達に命を救われておきながら、反乱を起こして恩を仇で返そうとした! これはどんな目に遭わされたって文句は言えない所業だよ!」


「そ、そんな……」


「ウ、グ……チクショウが……」


 ドラコ・オマリの言葉を受けて、反逆者達が地面に倒れながら呻いた。


「アンタらは奴隷として、南のハルケゲン王国に売らせてもらう! 自分達の愚かしさを呪いながら、残りの人生を生きていくんだね!」


 ハルケゲン王国とは大陸南部にある国で、いまだに奴隷制度が残っている場所だった。

 アーレングス王国とは大森林とその先にある峡谷を挟んでいるため、船による貿易が多少の国交があるくらいの付き合いだ。


「運びな」


「へいっ!」


 部下の海賊達が反逆者を縛り上げて、先ほどとは別の場所に連れて行く。

 彼らは完全な奴隷。反乱に参加しなかった者達と同じ境遇は許されないのだ。


「そこのアンタ」


「……俺のことか?」


 反逆者を運ばせていたドラコ・オマリが振り返り、ヴァンに顔を向ける。


「鳥獣人の娘から聞いたよ。確か、ヴァンとか言ったね? ウチの村の連中を助けようとしてくれたみたいじゃないか。礼を言うよ」


「……どういたしまして」


「アンタは恩には恩を、仇には仇を返す。アンタは解放するよ。好きなところに行くといい。送ってほしい場所があるのなら連れて行ってやるよ」


「……それは有り難いな」


 素直に、普通に有り難いことである。

 これでアーレングス王国に戻ることができる。ヴァンは安堵の息を吐いた。


「ム……」


 アクエリアスという港町に連れて行ってくれ。

 そう口にしようとするヴァンであったが……ふと頭に別の考えがよぎる。


(海賊を潰したのは良いけど、勝手に迷子になって心配かけて……それで手ぶらで帰ってもいいのかな?)


 ドラコ・オマリという女はどうにも憎めない、悪人とは断言できない女性であったが……それでも、海賊には違いない。

 迷子になった挙句、敵である海賊に保護されたとかあんまりではないか。


(妹ちゃんは怒らないだろうけど……もしも王都まで報告が言っていたら、メディナとかロットには叱られそうだなあ)


 二人から怒られるのは嫌だ。とても嫌だ。

 少しでも彼女達の心証を良くするには、どうすればいいだろうか?


「あ、そっか」


「ん……」


「それじゃあ、連れて行って欲しい場所がある」


 ヴァンはドラコ・オマリの厚意に甘えて、要求を口にする。


「『ガボラ水軍』という海賊のアジトに連れて行ってくれ。アジトがわからないのなら、船でも構わない」


「ガボラって……もしかして、『ガドナ水軍』のことかい?」


「そう、それだ」


 ヴァンの要求にドラコ・オマリは眉をひそめて、怪訝そうに問う。


「別に構わないけど……いったい、どんな用事があるんだい?」


「ちょっと潰そうと思っている」


「は?」


「その海賊団を潰して、船長の首を持って帰る。そうしないと不味いことになるんだ」


「…………!」


 ヴァンの言葉にドラコ・オマリはあんぐりと口を開けて、啞然とした様子で言葉を無くしていた。

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