第84話 南の国は面倒臭いよ

 ガドナ水軍。

 それは『赤鬼』と『海風の一味』と並んで、最近になってアーレングス王国の沿岸を荒らすようになった海賊である。

『赤鬼』は明らかな過激派。襲った船の乗組員を皆殺しにして積み荷を奪い、女などは攫っていって売り飛ばす。残虐無比を絵に描いたようなまさに鬼である。

 一方で、『海風の一味』は穏健派。積み荷の一部を通行料として奪いはするが、命までは取らない。相応の謝礼さえ支払えば、他の海賊から目的地まで護衛してくれることもあった。


 ガドナ水軍はその中間だろうか。

 無意味な殺生はしないが、敵対する人間には容赦しない。

 捕らえた人間は売り飛ばすか、人質にして身代金を請求する。

 何隻もの船と豊富な装備を揃えており、海賊ながらも一国の海軍のような練度を持っているそうだ。


「そりゃあ、そうだろうね。アイツらは南のハルケゲン王国の私掠船団なんだから」


 そんなことをヴァンに聞かせたのは、『海風の一味』の女ボスであるドラコ・オマリだった。

 私掠船というのは、主に敵国の船から略奪を行う船のことである。

 国に認められた海賊団であり、武器や食料の支援を受けていることもあった。


「そうなのか?」


「そうさ。本人達は隠しているつもりだけど……アタシ達は南の方まで仕事に行くからね。連中があの国の軍船から物資を受けとっているのを見たことがあるよ。間違いないね」


「…………」


 ガドナ水軍が南にあるハルケゲン王国の私掠船だとして……目的は何だろうか。

 決まっている、アーレングス王国を荒らすためである。


(何か、嫌われるようなことをしちゃったかな? そんな意地悪をされる覚えはないんだけど……?)


 考え込むヴァンであったが……もちろん、その国の目的は意地悪などという軽いものではない。


 大陸南部にあるハルケゲン王国は海洋国家であり、古くから海上貿易によって栄えてきた。

 アイドラン王国時代から貿易上のつながりはあったが、国境は面していない。

 アーレングス王国の南部にある異民族が暮らす大森林、その先にある峡谷によって阻まれているため、船による貿易以上の付き合いはなかった。

 今後も薄い付き合いが続けられるものかと思いきや……そこで、いくつかの変化が生じたのだ。


 まず、アイドラン王国が滅亡してアーレングス王国が建国した。

 これにより税収が大幅に引き上げられ、自由貿易が拡大して貿易が盛んになっている。

 これ自体は大きな問題はない。商売相手を取られたりもしたが、同時にハルケゲン王国との貿易量も増えた。プラマイゼロという終始である。


 だが……問題はヴァンが大森林の異民族を平定したことだ。

 緩衝地帯となっていた土地がアーレングス王国に組み込まれたことにより、アーレングス王国とハルケゲン王国は峡谷を隔てて国境を面することになった。

 もちろん、国境を接したからといって、すぐに危険にさらされるわけではない。

 国境となっている峡谷は険しいし、道も舗装されていない大森林では大量の軍勢を送り込むことは困難である。

 すぐにアーレングス王国とハルケゲン王国の間で戦争になることはないだろう。


 だが……それはあくまでも希望的観測であり、世の中には起こってもいないことに不安を募らせる人間はいるものだ。

 急速に力をつけているアーレングス王国の拡大を懸念している権力者は多く、自国と勢いのある新興国が接していることに恐れを抱いたのだろう。

 私掠船団であるガドナ水軍が送り込まれ、アーレングス王国の海域を荒らしていることにはそんな背景があった。


(建国した時に挨拶代わりに贈り物をしたけど……もしかして、気に入らなかったのかな? やっぱり、美味しいお菓子とかの方が良かったのかな?)


 色々と複雑な国家の思惑があるが……ヴァンにとっては、その程度の認識である。


「今日中には、連中が荒らしている海域につくよ。ちゃんと送り届けてやるから、大船に乗った気持ちでいな!」


 ドラコ・オマリが自信満々に言った。

 ヴァンは船に乗り、ガドナ水軍がナワバリにしている海域に向かっている。

『海風の一味』が村を助けようとしたヴァンの恩義に報いて、わざわざ送ってくれているのだ。


「それにしても……良かったのか、本当に」


 そんなドラコ・オマリに、ヴァンが訊ねる。


「御礼としては貰いすぎじゃないか。俺が助けずとも、村は何もなかっただろうに」


 ヴァンは反逆者を叩きのめして村を助けたが、ドラコ・オマリらは反逆を予見して備えをしていた。

 ヴァンが何もせずとも、彼らには何事もなかっただろう。


「もしかすると、君達が奴らに恨まれるかもしれない。それなのに……俺に手を貸しても良いのか?」


 ガドナ水軍のところまで連れて行ってくれと頼んだのはヴァンだが、今更になって本当にその要求が適切だったのか疑問が湧いてきた。

 下手をすれば、ヴァンに手を貸したことがきっかけで『海風の一味』がガドナ水軍と衝突することになるかもしれない。

 そこまで、ヴァンに恩義を感じる必要はないのに……本当に良かったのか疑問である。


「水臭いことを言うんじゃないよ。アタシらはもう仲間じゃないか」


 ドラコ・オマリが親しげにヴァンの肩を叩いた。


「アンタはアタシの村のみんなを助けようとしてくれた。だったら、アタシがアンタを助けるのは当然じゃないか!」


 ドラコ・オマリが太陽のようにニカッと笑いながら言った。


「道案内と運送くらいだったら軽いものだよ。文字通り、大船に乗ったつもりでいな!」


「……ありがとう」


 ヴァンは小さく頭を下げながら、感謝の言葉を口にした。

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