第82話 反乱を起こすんだって

 その日の夜のこと。

 宴によって騒いだ島民は泥のように眠っており、村は暗く静まり返っていた。

 村に響いているのは潮騒の音だけである。


「よし……行くぞ」


「どいつもこいつも寝ていやがるな……暢気なことだぜ」


 闇の中で複数の影が蠢く。

 村から少し離れた場所にあるボロ屋に押し込まれていた海賊達……『海風の一味』に捕まっていた、別の海賊団の男達がそっと建物の外に出る。

 彼らの目的は……大袈裟にいうのであれば、クーデターである。

 自分を捕まえている『海風の一味』に対しての反逆。武器を奪い、彼らを殺し……この村と船を乗っ取ろうとしていた。


「クックック……アイツら、酒のおかげで眠ってやがるぜ!」


「今なら、楽に殺れそうだな……!」


 顔を見合わせてニチャリと笑い、月明かりの下で村に向かっていく。


「待て」


「「「「「!」」」」」


 しかし、彼らを呼び止めた声があった。

 男達がギクリと足を止めて、振り返る。


「お前……」


「戻れ。やめておけ」


 男達に短く命じたのはヴァン・アーレングスである。

 一緒にボロ屋に寝ていたはずのヴァンが、いつの間にか起き上がって追いかけてきていた。


「何だよ、文句でもあるのか?」


「お前だって同じ境遇だろ? 邪魔するなよ!」


 男達が舌打ちしながら、ヴァンを睨みつけた。


「俺達が連中を潰したら、お前も解放してやるぜ?」


「それとも……自分も連れて行けって話か?」


「あのクソアマ……ドラコとか言いやがったか? 絶対にブチ犯してやるぜ!」


「…………」


 男達が口々に汚らしい言葉を吐いた。

 その話しぶりにヴァンがわずかに顔をしかめる。


「俺達は彼女に恩義があるはずだ」


 ヴァンが深いそうな顔をしながら……男達に告げる。


「難破し、溺れそうになっていたところを助けてもらった。恨むのは筋違いだ。大人しく小屋に戻って寝ておけ」


「何だと……!」


「テメエ、偉そうなことを言いやがって!」


「お前に指図される筋合いはねえんだよ!」


 怒りの声を上げる男達であったが……彼らの言い分は意外と正しかったりする。

 海賊である彼らの船を破壊し、ナンパする原因を作ったのは……他でもないヴァンだった。

 そのヴァンがどの口で彼らに指図するというのだろう。

 まさしく、「お前に指図される筋合いはない」という状況である。


「どうしても行くというのなら……俺が相手になるぞ?」


 だが……ヴァンは考えを引っ込めるつもりはない。

 彼らに対して申し訳ないという思いはあったが、それでも彼らは海賊である。

 略奪を生業としている以上、どんな目に遭わされたとしても文句を言える立場ではなかった。


「チッ……鬱陶しい!」


「やっちまえ!」


 男達がヴァンに向かって飛びかかってくる。

 拳を振り上げ、ヴァンに向かって叩きつけようとした。


「ハア……仕方がないな」


 ヴァンが困った様子で肩をすくめた。

 自業自得とはいえ、申し訳ない気持ちがあったので穏便に済ませたかったのだが……こうなってしまった以上、仕方がない。


「まあ、でも……一発くらいは殴られてあげるか」


「ウラアッ!」


「死ねやあ!」


 男達がヴァンを殴った。

 顔や腹にその攻撃がクリーンヒットするが……途端、ガキンと金属を叩いたような音が鳴る。


「ギャアッ!」


「い、痛えっ!?」


 そして……殴った男達のほうが悲鳴を上げる。

 彼らの拳は腫れ上がっており、指や手首を骨折していた。


「な、何だと……肌の下に鉄板でも仕込んでやがるのか……」


「いや、そんな馬鹿な」


 ヴァンが心外だとばかりに両手を広げた。

 そして……自慢をするように言い放つ。


「妹に言われて、牛の乳を飲むようにしているんだ。骨が硬くなるそうだぞ?」


「そんな次元じゃねえだろうが!」


 男達が理不尽に叫んだ。

 ヴァンの身体は硬かった。骨というか、腹も普通に硬い。

 まるで岩盤を殴ってしまったような感触だった。


「それじゃあ、こっちのお返しだ。心配せずとも手加減はしてやろう」


「ふげえっ!」


 言うが早いかヴァンも腕を振りぬいた。

 恐るべき速さで顔面を殴り飛ばされ、男の一人が地面を転がっていく。


「こ、この……ギャグッ!」


「チ、チク……ぐおうっ!」


 男達が鎮圧されるのに五分もかからなかった。

 月が煌々と照る下で、男達が無残に横たわることになったのである。

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