第24話 女子会が盛り上がっているよ

「……失礼。お兄様じゃなくてヴァン陛下は知っての通り、絶倫です。とても夜に強いです」


 結婚してから今日にいたるまで……三人は代わる代わる、王によって抱かれている。日によっては三人まとめてという日もある。

 それ自体は良い。悪いことなど何もない。

 世継ぎ作ることは王と妃の義務。

 むしろ、特定の妃を寵愛することなく、全員を公平に愛しているヴァンは褒められるべきだろう。


「ですが……激し過ぎます。それはもう、昼間の仕事に支障が出るほどに……」


 それである。

 ヴァンはあまりにも夜に強すぎて、三人がいても受け止めきれないのだ。

 夜の営みをした翌日には疲労から完全にヘタってしまい、妃としての政務が手につかなくなってしまう。


 それというのも……ヴァンは結婚前まで、酒で勢いをつけなければ女性を抱くことができなかった。

 しかし、夫としての責任感だろうか……素面でも三人を抱くようになっている。


『エッチするって、こんなに気持ちが良かったんだね……知らなかったよ』


 その恐るべきセリフは初夜の翌朝に放たれた。

 酒無しで女性を抱いたことにより、ヴァンはセックスの快感を覚えてしまったのだ。

 それまでアルコールの力によって吹き飛ばされていた愉悦を自覚したことで、すっかり嵌まってしまったようである。

 毎晩のように三人の妃を求めていた。


「な、なるほど……確かに、それは重要な課題だな……」


「ええ……可及的速やかに解決しなくてはいけませんね」


『ゴールド』と『シルバー』が同意した。

 確かに……それは重要な問題である。自分達の身体がかかっているのだから。


「お兄様に……陛下に愛されるのは嬉しいですけど、仕事に支障が出るのは困りますね。ただでさえ、この国は新興国で人材不足だというのに……」


『ブラック』が悩ましげに溜息を吐く。

『ゴールド』と『シルバー』もまた、同じような様子だった。


 本来、妃というのは王の寵愛を奪い合って険悪になるものである。

 三人もいれば、激しい争いが起こってもおかしくはないのだが……彼女達の間にそんな険悪な様子はない。

 それはある意味では、ヴァンが絶倫なおかげである。

 もしも、ヴァンの寵愛を独り占めしてしまえば……間違いなく、とんでもない負担を背負うことになってしまう。

 三人とも、それがわかっているからこそヴァンの愛情を奪い合うことをしないのだ。


 ヴァン・アーレングスという男は、自分達が独占できるような男ではない……それは三人の妃の共通認識だった。


「うーん……しかし、妃を選ぶとなれば選定が大変でしょう。いっそのこと、娼婦を連れて来て性欲の処理を任せてはどうでしょう?」


『シルバー』が挙手をして、提案する。

 単純に性欲を発散させるだけならば、あえて妃を増やすこともないのではないか。


「子供を作らせなければ良いのでしょう? 子種を外に出すようにしてもらえば……」


「……陛下が我慢できると思う? あのケダモノが?」


「それ、は……」


「私は無理だと思う」


「…………」


『ゴールド』が断言すると、『シルバー』も黙り込んだ。

 そもそも……ヴァンが自重する性格であったのなら、彼女達がこんなにも悩むことはなかっただろう。

 さすがに考え過ぎだろうが……避妊薬を飲ませても、無効化してきそうな予感すらしてしまう。


「娼婦はダメですね。却下です」


『ブラック』の断定に、他の二人は無言で首肯した。


「だからといって……生半可な女性はいけません。政治的に価値のない妃を増やして、子供ができてしまってはいけません」


 ただでさえ、新興国であるこの国は政治的な地盤が緩いのだ。

 身分の低い妃が子供を作ってはいけない。少なくとも、王太子になる可能性が高い最初や二番目の子供はダメだ。


「本当は私だってお兄様の妻になれる人間では……いえ、その話は止めておきましょう」


『ブラック』がフルフルと首を横に振った。


「最低でも上位貴族、できれば他国の姫を迎えたいところですね……」


「しかし、都合よくはいかないだろう。陛下は先日、三人も妃を迎えたばかりなのだ。公然と募集するわけにもゆかない」


「いっそのこと……戦争をして奪ってしまえばどうでしょう?」


 考え込む二人に、『シルバー』が意外な提案をした。


「戦争で他国を打ち倒して、属国として従える……そして、従属の証として姫を差し出させれば良いのではないでしょうか。そうすれば、領地も増えて一石二鳥です」


 笑顔で言い切る『シルバー』。

 口ぶりこそ穏やかであるが、『シルバー』は意外と脳筋な性格だった。


「東のシングー帝国、北のゼロス王国、南の大森林の異民族、西の海の先にある島国。明確に敵対しているのは東と北ですけど、選り取り見取りではありませんか。ヴァン陛下の覇を世界に轟かせては如何でしょう」


「そんな馬鹿な……今、戦争をできる状態ではないだろう……」


『ゴールド』が呆れた様子で頭を抱える。

 内乱が終わって間もないというのに、他国に外征をしている余裕はない。


「そうですね……止めておきましょう。大義名分がありません」


『ブラック』もまた、戦争には反対のようである。


 大義名分。

 即ち、他国に戦争を仕掛ける正義がない。

 アーレングス王国は生まれたばかりの国であり、前身であるアイドラン王国とは別物ということになっていた。

 つまり、アイドラン王国時代に敵対していたから、侵攻を受けたからというのは大義名分には成り立たない。


「陛下を世界の王にするのは賛成ですけど……さすがに、時期尚早ですね」


『ブラック』が他の二人に聞こえない声量でつぶやいた。


 今は戦争はしない。

 だが、国を広げることには大いに賛成である。

 ヴァン・アーレングスという男がどこまでの高さまで飛翔するか……それを見届けることもまた、彼女の生き甲斐なのだから。


「あの……失礼いたします。モア様、火急の知らせが……!」


 扉がノックされて、一人の女性が入ってきた。

 王宮で働いている女性の文官……モアの補佐をしている人間だった。


「うわ……」


 暗い部屋の中、仮面の女性が円卓についている。

 文官の女性は部屋の中の異様な状況に顔を引きつらせた。


「何ですか、報告しなさい」


「え? あ、はい……それがその……」


 女性文官は表情を直して、改めて報告をする。


「隣国から……ゼロス王国から書状が届きました。その……宣戦布告とも受け取れる書状が……」


「…………!」


『ブラック』が仮面の奥の目を見開いた。

『ゴールド』が表情を険しくさせ、『シルバー』が薄笑いを浮かべる。


 どうやら、ヴァン・アーレングスの治世は穏やかには進まないらしい。

 いまだ内乱の混乱が完全に収束したわけでもないのに……早くも、新たな戦乱が舞い降りてきたようだ。

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