第90話 弱点を探します

 クラーケン……もとい、タコーケンが『海風の一味』の海賊船の八本の足を絡めて組みついている。

 海賊達の抵抗などものともせず、丸太のような太い腕で船を破壊して、そのまま海中に引きずり込もうとしていた。


「おい、大丈夫か!」


「あ、アンタ! 戻ってきたのかいっ!?」


 船の上から焦ったような声が上がる。

 女海賊ドラコ・オマリだ。どうやら、まだ無事だったらしい。

 海を走って接近してきたヴァンに大声で怒鳴りつけてくる。


「この船はもうダメだ! アンタだけでも逃げな!」


「いや、そういうわけにもいかないだろう」


 タコーケンを呼び寄せてしまったのは、ヴァンが倒したガドナ水軍の死体である。

 自分が呼び寄せた怪物に知り合いが襲われているのに、見捨てて逃げるのは人として有り得ないことである。


「クッ……だったら、アイツの頭部を狙って攻撃しな!」


「頭部……?」


「タコーケンは頭部に神経が集中している場所があって、そこが弱点なんだ! 神経節を破壊すれば倒すことができるはず……!」


 ドラコ・オマリが銛でタコーケンの足を突きながら、表情を歪める。


「とはいえ……この巨体に対して、神経節は人間の拳ほどの大きさ。簡単に見つかりは……!」


「そうか、弱点がわかれば話が早い」


 ヴァンが頷いて、剣を手にした。


「斬り刻んで弱点部分を探す。ちょっと待っていろ!」


 ヴァンが叫んで、剣を振った。

 足を一本一本、斬っていき、ブロック状に解体していく。


「なあっ!」


「どこだ、弱点は?」


 ヴァンがつぶやきながら、とにかく剣を振るった。


「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」


 タコーケンが絶叫した。

 苦痛を訴えて、ヴァンに向けて太い足を振るってくる。


「邪魔」


「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」


 だが……その足もヴァンによってバラバラに切断される。


「ないな……どこにあるんだ?」


「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」


「こっちにはない。こっちもない……こっちも斬ってみるか?」


「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」


 どんどん切り分けられていくタコーケン。

 いよいよ、船を破壊するのを諦めて海の中に逃げようとするが……ヴァンが無事な腕を伝って頭部に登っていき、嵐のような斬撃を放つ。


「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」


「弱点は…………ああ、あった」


「GYA……」


「あったぞ。これが神経の集中している弱点部分だろう?」


 ヴァンがようやく、タコーケンの弱点である神経節を取り出した。

 それは赤いタコの体色とは裏腹に青い球体だった。


「いや……ここまでバラバラに斬り刻んでしまったら、もう神経節という次元ではないような……」


 解体された怪物の残骸を見下ろして、ドラコ・オマリが呆然とつぶやいた。

 破壊されながらも、どうにか浮いている海賊船……そのデッキにはブロック状になったタコーケンの足やら胴体やらが散らばっている。

 どう考えても……タコーケンの死因は神経節の破壊ではない。普通にバラバラにされたことによって討伐されていた。


「大丈夫かい、アンタ達!」


「ど、どうにか……」


「無事です……」


『海風の一味』の海賊達もどうにか無事なようである。

 船が大破していることを考えると、奇跡的な幸運だった。


「でも……この船はもう沈むだけだよ。舵も利かないし、あとは沈むだけだろうね」


 海に散らばった血と肉片によって、現在進行形でサメなどの魚を呼び集めつつある。

 このまま船が沈めば、海賊達はみんな餌食になってしまうだろう。


「まあ、仕方がないね……海賊なんて商売で生きる道を選んだんだから、どんな末路をたどったとしても文句は言えないさ」


「……本当にそれで良いのか?」


 達観したように言うドラコ・オマリに、ヴァンが訊ねた。


「死ぬんだぞ? 島にいる子供達はどうなる?」


「アタシ達はやるべきことをやった。あの子達がどう生きていくかは、あの子達に任せるさ……できれば大人になるまで見守ってやりたかったけどね」


「見守ってやればいい。まだあきらめるには早いだろう」


「何だって……?」


 ドラコ・オマリが怪訝そうに眉を顰める。

 すると……水平線の方から、一隻の船がこちらに近づいてきた。


「いた! 本当にいたぞ!」


 船の縁から叫んでいるのは……ヴァンの部下であるレイクスという名前の騎士だった。

 そのすぐ傍には、パタパタと空を飛んでいる鳥獣人のルーガの姿もある。


「ルーガの王者はあの船だぞ! あそこにいるぞ!」


「ヴァン陛下がいたぞ! あの船の上だ!」


「ヴァン陛下! ヴァン国王陛下!」


「今にも沈みそうだ……急いで船を横に着けろ!」


 ヴァンが彼らに向けて手を振った。

 どうやら、いつの間にか消えていたルーガが助けを呼んできてくれたようである。


「こ、国王陛下……?」


 そんなヴァンの背後では、叫ぶ騎士達の声にドラコ・オマリが唖然とした様子で両目を見開いたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る