第93話 愛人になりませんか?
「……と、いうことなのですが構わないでしょうか?」
「…………」
モア・アーレングスと名乗った黒髪の女性の言葉に、女海賊ドラコ・オマリは渋面で沈黙した。
場所はアーレングス王国。王都にある王城。
海賊の首謀者として連行されてきたドラコ・オマリであったが、彼女が入れられたのは暗く冷たい地下牢ではない。
ベッドなどの家具が一通り揃っているその部屋は、貴族専用の牢屋であるとのこと。
どうして、自分が貴族扱いされているのか疑問に思うドラコ・オマリであったが……やってきたモアによって、説明を受けた。
ドラコ・オマリがとある島を治めている小領主として、連れてこられたこと。
恩赦が与えられて、処刑を免れる可能性があること。
ドラコ・オマリは海賊として自分がしてきたことを受け入れており、処刑に抵抗はなかったが……ドラコ・オマリが貴族となることで部下の命も助かると言われたら、受容するしかなかった。
そこまでは良い。
問題は……そこから先の話である。
「……アタシみたいな粗野で日焼けだらけの女が国王の愛人にだなんて、何の冗談だい?」
モアが提案してきたのはそれである。
ドラコ・オマリに対して、ヴァンの愛人となるように求めてきたのだ。
「国王の女ってのは、色白で可愛らしいお嬢ちゃんがなるものだろう……ちょうど、アンタみたいな」
「ありがとうございます。でも、貴女を粗野だとは思いませんよ」
自分を卑下するドラコ・オマリに、モアがニコニコと笑って言う。
「健康的に日焼けしている女性は素敵だと思いますし、お兄様の妻の中には亜人もいます。お兄様も抵抗はないはずです」
「…………」
「それとも……お兄様のことはお嫌いですか?」
「……別に、嫌いじゃないよ」
ドラコ・オマリが憮然として腕を組む。
ヴァンとは数日間、航海を共にしただけだが、勤勉で働き者で好感が持てる男だった。
怪物に襲われているところを助けてもらったこともポイントが高い。
海の女であるドラコ・オマリにとって、強い男というのはそれだけで魅力的だ。
比類無き武勇を持った英雄に抱かれるのは、普通に光栄だと思っている。
「貴方の部下にも海軍への入隊を条件に恩赦を出す予定ですが、元・海賊ということもあって立場は悪いでしょう。貴女がお兄様の愛人となれば、状況は変わると思いますけど」
「それ、は……」
「島にも便宜を図ってあげられますね。きっと」
悪魔が人間を誑かすように、モアがドラコ・オマリに囁きかける。
可愛らしい顔に賢しらな笑みを浮かべて、脳にヌルリと誘惑の言葉を流し込む。
「もちろん、嫌なら断っていただいても構いません。お兄様を拒絶したとしても、貴女に何も不利なことはありませんから。ただ……どちらが仲間と島の子供達にとって得になるかは明白ですよねえ」
「…………」
「少しだけ、時間を差し上げます。よく考えてくださいね?」
そんな言葉を残して、モアは貴族牢から去っていった。
残されたドラコ・オマリは言われたとおりにジックリと考え、そして、了承の返事をしたのである。
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