第92話 海賊の処遇
捕縛された『海風の一味』の海賊達であったが……すぐに処刑されるということはなく、罪が決定されるまで一時的に幽閉されることになった。
法的な理由ではなく、非情な決断をすることができなかったヴァンの心の問題である。
いくら考えても、彼らを助けるための口実が見当たらない。
そういう時……ヴァンがとる行動は、いつだって決まっている。
「妹ちゃあああああああんっ! 助けてえええええええっ!」
「あんっ!」
遠征から帰還していきなり抱きついてきた兄に、モアが甘い声で鳴いた。
「フフフ……お帰りなさいませ、お兄様。西では大活躍だったようですね?」
モアが頬を赤くさせながら、兄の頭を「いいこ、いいこ」と優しく撫でた。
場所は国王の執務室。事実上、モアの仕事場となっている王城の一室である。
部屋には兄妹を除いて誰もいない。久しぶりの、兄妹水入らずだった。
「報告は受けておりますわ。遠征から二週間足らずで海賊を壊滅、捕縛するとはお見事です。それで……助けてとは、捕らえた海賊の処遇ですよね?」
「うん……実はね、妹ちゃん。かくかくしかじかなんだよ」
ヴァンは西海であった出来事について、かいつまんで説明をした。
「なるほど、なるほど……つまり、お兄様は捕らえた海賊を助けたいけれど、法に照らすのであれば処刑しなくてはいけない。それで困ってしまって、泣いているわけですね?」
「そうなんだよ……しんしょーひつばつ、泣いてバショクを斬るんだよ……!」
「はいはい。私が教えたことをちゃんと覚えていて素晴らしいですわ」
モアがヴァンの頭をギューッと抱きしめた。
「それで……海賊についてですけど、『海賊は処刑』というのが従来の法律です。例外を許してしまえば、被害を受けた方々が納得しませんし、他の海賊に舐められてしまい、法の抑止力を失うことになります」
法を犯した人間に正しい処罰が与えられなければ、人々が法律を軽んじることになる。
国家の長たる人間が、法を守らせる側の人間がそれを許してはならないのだ。
「ウウッ……そうだよね……」
「ですが……物は考えよう。何事にも抜け道はあるものです」
モアが得意げに人差し指を立てた。
「聞いたところによると……『海風の一味』は略奪はしても、奪うのは積み荷の一部。それも『通行費用』という名目で取っているそうです。大人しく支払えば、他の海賊から守ってくれるらしく、船乗りからはさほど憎まれてはいません」
「ふんふん」
「とある島を拠点にしているそうですし……彼らを『海賊』ではなく、反抗している『領主』として裁きましょう」
「領主?」
「領主は土地と領民、兵士を持っていることが定義です。彼らはそれに該当しています。海賊を取り締まったのではなく、アーレングス王国に反抗する領主を捕らえたことにします。相手が領主であれば、服属と引き替えに恩赦を出すことが可能です」
『海風の一味』が拠点にしていた島がアーレングス王国の一部として組み込まれ、彼らはその領主と兵士になるというわけだ。
その島にどこまでの価値があるかはわからないが、最低でも、他の港との中継地点くらいにはなるだろう。
「『海風の一味』は海賊としての規模こそ『赤鬼』や『ガドナ水軍』よりも小規模ですが、海域を知り尽くしています。彼らを我が国の海軍に組み込めば、大きな戦力となるでしょう」
アーレングス王国の西海で海賊が蔓延っている理由の一つは、海軍が未熟であるから。
港町を支配していた貴族がいい加減な人物であり、先の王朝であるアイドラン王国も十分な海上戦力を育てていなかった。
『海風の一味』の加入は未熟な海軍にとって、頼もしい戦力になるに違いない。
「そっか……それじゃあ、彼らを殺さなくても良いんだね。安心したよ」
「はい……ああ、心配でしたら、ダメ押しという手段もありますよ」
「え?」
不思議そうに首を傾げている兄に、モアがチェシャ猫のように唇を吊り上げる。
「彼らの首領……ドラコ・オマリを愛人にしてしまえば良いのです。国王の公妾であれば、誰も無碍にはできないでしょう」
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