第95話 北方の異変

 戦い後のデザートのように女海賊の肉体を貪り、南国の海のように熱い夜が明けた。


 かくして、西海の平定が終わる。

 海賊に荒らされていた海は平和を取り戻し、より貿易が活発に行われるようになった。

 ドラコ・オマリと配下の海賊の加入により、海軍も強化されている。もはや、ヴァンが直接赴く必要はないだろう。

『海風の一味』が拠点にしていた島は、貿易の中継地点として小さいながらも港が築かれる予定だ。

 島の規模からして、大きく発展することはないにせよ、少なくとも子供達が飢えることはないはず。


 ドラコ・オマリはというと……海軍が保有している船の一隻を与えられて、海賊の残党狩りを行っている。

 元・海賊に対する厚遇に、一部の兵士からは不満の声が上がっていたが……彼女がヴァンの愛人であると広まると、そんな不平不満も凪いでしまった。

 ヴァンが征伐した土地の女性を妻や愛人にするのは、今に始まったことではない。

 ヴァンが女を大事にする人間であることもまた、誰もが知っている。

 竜の尾を自分から踏みにいく人間は、アーレングス軍の中にはいなかった。


 アイドラン王国の討滅。

 国内の反乱分子の制圧と掃討。

 北側のゼロス王国からの侵攻撃退。

 南側の大森林に棲む亜人種族の征服。


 そして……新たに打ち立てられた戦績。

 西海に蔓延っている海賊の征伐。


 常勝不敗。

 いまだに負け無し。

 ヴァン・アーレングスの覇道はなおも続いていく。



     ○     ○     ○



 そんな中、王城では今日も兄妹が仲睦まじく会話をしていた。


「お兄様、ご存じですか?」


「何かな、妹ちゃん?」


「北の敵対国……絶賛内乱中のゼロス王国があるじゃないですか」


「あるよね。シャーロットとエルダーナの出身地だよね? あの国がどうしたのかな?」


「あの国……滅んだそうですよ」


「え? そうなの?」


「はい、そうですとも」


 モアがニッコリと笑い、悪戯っぽく告げる。

 ヴァンにとっては見慣れた笑顔。悪巧みをするときの顔だった。


「身内で争っているところを、東の帝国によって攻め滅ぼされたようですよ……予想通りの展開ですね」


 そう……この展開は予想通り。

 モアの企みのまま、事は進んでいる。

 ゼロス王国が内乱を起こすことも。その隙をついて帝国が攻め込んでくることも。

 どちらも、想定の範囲内の出来事である。


 わかっていて、あえて放置していたのだ。

 テーブルの上でナプキンを付けて、料理が運ばれてくるのを待っているかのように。


「下拵えは十分ですね。それでは、美味しくいただきましょうか♪」


 天使のような笑みを浮かべるモアであったが……兄に向けられたその笑みは、彼以外には悪魔のそれに見えていたのであった。

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