第30話 隣国の王子をお持ち帰りだよ
アーレングス王国とゼロス王国。
両国の間で戦争が始まってから一時間、あっさりとその決着はついた。
勝利したのはアーレングス軍である。
百人ほどしか兵士がいないにもかかわらず、ほとんど損害を出すことなく勝利してみせた。
一方、一万の兵士を引きつれていたゼロス軍は一年ぶりの辛酸を舐めることになり、あっさりと撤退していった。
捕虜にしたいところではあったが、百人のアーレングス兵では一万の兵士を拘束しきれない。
食料が無駄になるだろうと判断して、総指揮官と数人の幹部だけを拘束して、一般兵には帰国を命じたのである。
〇 〇 〇
「いやー、死ぬかと思ったぜ。正直によ」
「……無事だったか」
ゼロス軍の総指揮官であるロット・ゼロスを捕縛して、ヴァンは陽動していた騎兵部隊と合流した。
騎兵部隊を率いていたヴァンの部下……ユーステス・ベルンはウンザリとした様子で現れる。
「大将、アンタとは長い付き合いだけど……今回ばかりは最強最悪のピンチだったぜ。無茶もほどほどにしてくれよ」
「……俺じゃない」
ユーステスの苦言に、ヴァンが小さく反論した。
ヴァンとユーステスは気心の知れた中であったが……傍には他の兵士がいて、拘束されたロットも渋面で連れてこられている。
そのため、緊張か人見知りかヴァンの表情と口調は硬かった。
「知ってますよ……アンタは強いけど策略家じゃない。考えたのはお嬢でしょう?」
ユーステスが『お嬢』と呼んでいるのは、ヴァンの妹にして妃であるモア・アーレングスである。
今回の作戦……魔術師によって構成された騎兵を囮にして、ヴァンがたった一人で本陣に踏み入るという戦略を考えたのはモアだった。
ゼロス王国より宣戦布告を受けた当初、ヴァンは一人で敵陣に忍び込んでロットを捕らえるつもりだった。
しかし……さすがにそれは危険だろうと、モアがこの作戦を立案したのだ。
「まったく……モアのお嬢も大したもんだが、ウチの大将も大概だよな……まさか、本当にたった一人で敵将を捕らえちまうなんてな」
「…………」
縛られているロットを見下ろして、ユーステスが溜息を吐いた。
「正直……アンタだったら俺達の陽動が無くても、一人でやってのけたんじゃねえかって思っちまうよ」
「大袈裟だ……モアには感謝している」
ヴァンがつぶやく。
その言葉は本心だった。
ヴァンは一人でもどうにかできるつもりだったが……モアの作戦のおかげで楽にロットを捕縛できた。
さすがは妹ちゃんだと心の中で感じ入っている。
「それじゃあ、コイツらを連れて帰りますか……まさか、本当に百人ぽっちで万の軍勢を追い払えるとは思いませんでしたよ。もしかして、この王太子ってばあの馬鹿王子と同レベルだったりするんですかい?」
「…………!」
ユーステスが揶揄うように言うと、すぐ近くに縛られて膝をついているロットが憎々し気に睨みつけてくる。
視線で殺そうとしているような強い眼差しだった。
「いや……彼は悪くなかった」
だが……意外なところから弁護の声が上がる。
ヴァンがロットのことを擁護したのである。
「彼は兵士からも慕われており、本陣の周囲もしっかりと固められていた。騎兵隊が注意を引いていなければ忍び込めなかった」
「……ヴァン・アーレングス」
ロットが意外そうにヴァンのことを見上げる。
ヴァンは視線を返すことなく、言葉を続けた。
「一年前の戦いでも、見事に騎兵を率いてブラック将軍を討ち取っていた。あの方は良き将だった。いかにエイリック・アイドランが逃げるという愚行を犯したとはいえ、ブラック将軍を倒した手腕は見事である」
「う、ぐっ……」
ロットが何とも言えない表情になった。
憎むべき人間から認められているという状況に、どんな反応をして良いか戸惑っているようである。
しばし黙り込んでいたロットであったが……やがて、ポツリと口を開く。
「……僕のことをどうするつもりだ?」
「捕虜として連れて帰る。大人しくするのであれば、殺しはしない」
「…………」
「『生き恥をさらしたくない』、『さっさと殺せ』……とか言わないのな?」
ユーステスが口を挟んでくる。
その言葉にロットが再び、苦々しい顔になった。
「……僕は死ねない」
「あ?」
「守るべきものがある。どんなに生き恥をさらそうとも、あの子を残して死ぬわけにはいかない……!」
「……ユーステス、口を慎め」
どうやら、複雑な事情があるようだった。
ヴァンがユーステスを窘めると、肩をすくめてそっぽを向いた。
「それでは……帰還する。ロット王太子、貴殿をどうするかはゼロス王国と交渉の場を持って決めることとする……それで問題ないだろう?」
「……構わない」
諦めた様子で脱力したロットを連れて、ヴァンは王都へと帰還していった。
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