第31話 反逆者の末路

「ウワアアアアアアアアアアアアアッ!」


「逃げろ、撤退だああああああああっ!」


 ヴァンがゼロス軍に大勝利を飾った一方で、アーレングス王国の王都でも一つの事件が生じていた。

 ヴァンが軍を率いて、戦場に向かったのだが……そのタイミングでとある貴族家が王都に攻め込んだのだ。

 国王の留守を突いたのはデニリー伯爵家。

 王都の南側に領地を持っている貴族であり、かつては財務大臣まで務めていた有力者だった。

 王宮の金を管理していたデニリー伯爵であったが、在任中にかなりの金額を横領している。

 ヴァンが王宮を乗っ取ってからその罪が明らかになり、役職を解任されていた。

 処刑こそ免れたものの、財産の大部分を没収されており……現在では領地で冷や飯を食うような生活をしている。


「アアアアアアアアアアアアアッ! 何故だ、どうして私がこんな目にいいいいいいいいいいいいいいっ!?」


 そんなデニリー伯爵であったが……現在、馬に跨って泣きながら逃げていた。

 背後から追いかけてくるのは数人の騎士。

 ちょっとでも速度を緩めれば、すぐに捕らえられてしまうだろう。


「きょ、挙兵なんてするんじゃなかった! 復讐なんて企むんじゃなかったアアアアアアアアアアアアアッ!」


 財務大臣の任を解かれ、財産を没収されて……デニリー伯爵は恨み憎しみを募らせていた。

 そんな折、彼の下にとある書状が届いた。

 それはゼロス王国の王太子からで、近いうちにアーレングス王国に攻め込むので、内応して王都を攻めて欲しいというものである。


 デニリー伯爵は歓喜した。

 ヴァン・アーレングスなどという平民出身の若造を王としなくてはいけない日々に辟易しており、抜け出すチャンスを窺っていたのだ。

 ようやく、その機会が巡ってきたと思って、すぐさま了承の返事を出した。


 事前に聞いていた通り……ヴァンは大軍を率いて、王都を出ていった。ゼロス王国からの情報は間違っていなかったようだ。

 デニリー伯爵は王の居ぬ間に、王都を陥落させるべく兵を出した。

 国王を僭称する簒奪者から国を奪い返して、再び権勢を取り戻してやる……そう意気揚々と出ていったデニリー伯爵であったが、王都に到着したタイミングで戻ってきたアーレングス軍と鉢合わせになってしまったのだ。


 そして、現在に至る。

 およそ五千のアーレングス軍は濡れた紙を破るようにして、デニリー伯爵の手勢を壊滅させた。

 そして……逃げ出したデニリー伯爵も騎士から追いかけられることになったのである。


「こ、こんなはずじゃ……何でだああああああああっ!」


 デニリー伯爵は知らない。

 これはヴァン・アーレングスの……そして、背後にいるモア・アーレングスが考案した策略であることを。

 ゼロス王国からの宣戦布告を受けて、ヴァンはたった一人で敵陣に乗り込んで敵の王太子を捕縛することを提案した。

 しかし……いくらヴァンでも、それは危険を伴うかもしれないとモアが魔術師によって構成された騎兵百人をおとりにすることを提案した。


 そこまでがロイカルダン平原で行われた策略であるが……モアの奇策には続きがある。

 一度、ヴァンが王都から五千の兵士を率いて外に出ることで、反乱分子のあぶり出しを考えついたのだ。

 ヴァンが大軍を連れて外に出れば、反乱分子がすぐに王都を狙うだろう。

 そして……ほどよいタイミングでヴァンと百の騎兵を除いた兵士達が王都に戻り、やってきた反逆者を討ち取るというものである。

 そこでまんまと引っかかってしまったのが、デニリー伯爵なのだった。


「喰らいなさい!」


 デニリー伯爵の後方、追いかけていた騎兵が槍を投げる。

 鋭く、天に向かって飛んでいった手槍であったが……それは放物線を描いて、デニリー伯爵の馬の尻に突き刺さった。


「ぎゃいんっ!」


 デニリー伯爵が馬から転げ落ちる。

 無様な悲鳴を上げた中年男性を騎兵が取り囲んだ。


「そこまでです……元・財務卿オルドバ・デニリー!」


「あ、貴女は……!」


 デニリー伯爵は自分を追いかけてきていた騎兵を見上げて、震える声を漏らす。


「リューシャ・ウルベルス辺境伯令嬢……!」


 追手の騎士は女性。

 しかも……ヴァンの妻の一人である、リューシャ・ウルベルスだったのである。


「今はリューシャ・アーレングスですよ。辺境伯令嬢でもありません」


 リューシャがデニリー伯爵を見下ろして、冷たい口調で告げる。

 デニリー伯爵はカチカチと恐怖に震えて歯を鳴らしながら……それでも必死になって弁明しようとした。


「ち、違うのです……これは……誤解なのです!」


「…………」


「私は騙されていたのです……そう、ゼロスの王太子に騙されて……」


「騙されて、王都に攻め込もうとしたのですか?」


「そ、それは……」


「貴方はヴァン陛下が即位した際、忠誠を誓うので命だけは助けて欲しいと命乞いをしたはずです。忠義の誓いに背いて、どういうつもりですか?」


「し、仕方がないではないかっ! 生き残るため……死んでしまっては何もならないではないか!」


 デニリー伯爵は必死な様子で叫んだ。


「責められるのは私ではない……アイドラン王国を滅亡させたあの男ではないか! どうして、私が反逆者扱いされるのだ!?」


「どうして……ですって?」


「そうだ! 貴女だってわかっているはずだ……反逆者はヴァン・アーレングスだ! 奴を殺すために兵を挙げて何が悪いというのだ! 私がしたことは決して…………ゲフッ」


「五月蠅いです」


 リューシャが別の騎士から槍を受け取り、馬上からそれを振り下ろす。

 鋭く繰り出された槍がデニリー伯爵の胸を貫いて、一瞬で絶命させる。


「ヴァン陛下が気に入らないのであれば、正面からそう言えば良い。留守を狙うなどという卑劣なことをせずに挑めば良い。それができなかった貴殿は卑怯者の反逆者でしかありません。汚い言葉を口から出さないでください。耳から反吐がこぼれます」


「第二妃様……はしたのうございます」


 中年の騎士が窘める。

 その騎士は王宮の近衛騎士であったが、元々はウルベルス辺境伯家に仕えていた人間であり、リューシャの嫁入りについてきたのだ。


「殺してもよろしかったのですか? 尋問は?」


「必要ありません……こんな小物が重要な情報を知らされているわけがありませんから」


 リューシャが断言する。

 槍を抜いて、軽く振って血を払う。


「算段通りであれば、ヴァン陛下がゼロスの王太子を捕虜としてくるはずです。他に反逆者がいるとして、すぐに名前が割れるでしょう」


「それもそうですね……」


「それでは、帰還します」


 リューシャはデニリー伯爵の死体をそのままに、その場を立ち去っていった。

 かつて財務大臣にまで上り詰めた男の死体は兵士達に回収されるまでに、追い剥ぎにあって服も金品も奪われ、残った死体もカラスに突かれていたのである。

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