第34話 ロット殿下と交渉するよ(妹ちゃんが)
ヴァン・アーレングスがロット・ゼロスに率いられたゼロス軍を撃破した。
総指揮官であるロットを捕縛して、王城に連行してきたわけだが……後日、ヴァンがロットと顔を合わせる時がやってきた。
「…………」
「……久しぶりですな。ロット王太子殿下」
「……ああ、久しぶりだ。ヴァン国王陛下」
二人が再び相まみえたのは、アーレングス王国の王宮にある一室だった。
ロットは捕虜とはいえ、一国の王子である。
牢屋などに入れられることなく、見張り付きであるが客室に宿泊していた。
「ご気分は如何ですか? 何か不自由はされていませんか?」
「……嫌味で言っているのか? 意外と粘着質な性格なんだな」
ヴァンの言葉に、椅子から立ち上がることなくロットが皮肉そうに表情を歪めた。
中性的な美貌。燃えるような美しい赤髪。
椅子に座り、ヴァンを睨みようにしているロットであったが……今日の
ロットは朱色のドレスを身にまとっており、靴もヒール付きの物だったのだ。
ヴァンも後になって知ったことだが……ロットの本名は『シャーロット・ゼロス』。
ゼロス王国の第一王子であり、王位継承権第一位である人物だった。
ゼロス王国は長子相続を原則としており、男女にかかわらず最初に生まれた子供が王位を継ぐことになっている。
王位継承権を持っている者は誰もが『王子』を名乗り、継承権を放棄しない限り『王女』とは呼ばれない。
ロットもまたその例にもれず、女性でありながら王太子に選ばれていた。
「ご気分が良いわけがないだろう。僕が君に捕まって軟禁されてから何日が経ったと思っているんだい? いつになったら……僕は国に帰れるのかな?」
ロットが捕らえられて、すでに二週間が経過している。
いまだにロットの解放という話は出ておらず、籠の中の鳥となっていた。
「国と交渉しているのだろう……僕の身柄の引き渡しについて。いったい、君達はゼロスに何を要求したのかな?」
ロットがヴァンを烈火のような視線で睨みつけながら、噛みつくように訊ねる
問答無用で処刑されることなく生かされているということは、ロットの身柄と引き換えにゼロス王国に何らかの要求をしているのだろう。
憎い相手に生かされているという事実に、ロットは激しい屈辱を覚えた。
「賠償金か? それとも、領土の割譲か? 王位簒奪をした僭王が何を求めているのかとても興味がある。是非とも教えてくれないか?」
「残念ながら、ゼロス王国との交渉は打ち切られました。シャーロット殿下」
「君は……?」
ロットが眉をひそめた。
ヴァンの後ろから黒髪の女性……ヴァンの妹であり妃であり、参謀でもあるモアが進み出てきたのである。
「改めまして……ヴァン陛下の第三妃であるモアと申します」
「モア妃か。交渉が打ち切られたとはどういう意味かな?」
「シャーロット殿下、貴女はすでにゼロス王国から見放されているということですよ」
「…………」
ロットが苦々しい顔になる。
表情からして、その可能性を予想していたのかもしれない。
「順を追って、お話いたします……先日、我が国に攻め込んできたゼロス軍は撃破されました。ここにいるお兄様によって」
「……言われずともわかっている。そのせいで、僕は捕虜になったんだからな」
「そして、一部の指揮官を除いて、ゼロス軍は本国に帰還したわけですが……彼らは国境で殲滅されました。待ち構えていた自国の軍勢によって」
「なっ……どういうことだ!?」
それは予想外だったのだろう。
ロットが立ち上がって声を荒げる。
「僕の部下達が殲滅されただと!? しかも、ゼロスの軍勢によって!? そんな馬鹿なことがあって堪るか!」
「こちらも調査をしましたが……シャーロット殿下の兵士を殲滅したのは、第二王子であらせられるジークオッド殿下の軍勢です。どうやら、外征を終えて戻ってきた貴女を討つために待ち構えていたようですね」
「ッ……!」
ロットが息を呑んだ。
同士討ちを行ったのはロットの弟……第二王子であるジークオッド・ゼロスだった。
ジークオッドはシャーロットに次いで王位継承権第二位の人物。
ロットが消えてなくなれば一気に玉座に近くなるため、動機は十分である。。
「僕の配下だからといって……自国の兵士を、自国の国民だぞ! 王子を名乗る者が、そんな悪逆非道なことをするわけが……!」
「ないと……そう思いますか? 心の底から?」
「ッ……!」
モアの追及に、ロットが美麗な顔をこれでもかと歪めた。
美しい人間は怒るとますます迫力が増すもので、モアの後ろでヴァンがひっそりと膝を震わせていたりする。
「出来ませんよね……ゼロス王国内で一年前から、政争が起こっていることは存じております。王太子であらせられる貴女の地位も、かなり危ぶまれていたそうですね?」
一方で、モアは貼りつけたような笑みを崩さない。
あどけなさの残る顔は表情が読めず、ロットが苛立ちをあらわにした。
「知っていたのか……我が国の内部状況を……!」
「逆に、どうして知らぬと思ったのですか? 戦に負けた王族が支持を失うなど予想できることなのに?」
モアが何でもないことのように言う。
モアは歴史に詳しい。この世界の歴史にも、かつて彼女が生きていた世界の歴史にも。
歴史を学ぶということは未来を予知するにも等しいこと。
過去を学び、いくつもの事例を参考にすることで、将来的に起こりうる事象を予想することができるのだ。
「一年前、ロイカルダン平原での戦いでシャーロット殿下はアイドラン王国に敗北いたしました。これにより、長子継承で次期国王となることが固かったはずの殿下は支持を落として、他の王子達が動き出している……今回、殿下が我が国に攻め込んできたのは名誉回復のためだったのでしょう?」
「どの口で言う! 貴女の兄のせいではないか……!」
「一年前の戦争を引き起こしたのは、アイドラン王国の王太子です。お兄様は将兵として必要なことをしたのみ。それを責めるのは筋が違うのではありませんか?」
戦場で勇敢に戦った兵士をどうして責められるだろう。
あくまでも責任を取るべきなのは総指揮官であったアイドランの王太子であり、そして……その男はすでに処刑台に上っている。
ヴァンに取るべき責任などない。モアはその道理を強く主張した。
「それを踏まえたうえでお聞きいたしますが……これから、如何いたしましょうか?」
そして、その上で笑顔になってロットに接する。
まるで庭園に咲いた花の話でもするかのように、明るい口調で問いかけた。
「このままでは、貴女は全てを失ってしまいます。二度と祖国に戻ることができず、裏切り者の弟に報復もできずに泣き寝入りです……ゼロスの王宮にいらっしゃる、貴女の大切な方の命運も尽きる。違いますか?」
「ッ……!」
ロットがパクパクと口を開閉させる。
いったい、どこまで知っているというのだろう。
自らのアキレス腱である部分まで、この黒髪の少女は把握しているというのか。
「さあ、交渉をいたしましょう」
それはとても可愛らしい微笑みであったが……ロットの目には、人間に邪悪な取引を持ちかける悪魔のように見えたのだった。
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