第33話 せっかくだから処分するよ

 北の隣国……ゼロス王国からの宣戦布告。

 建国したばかりのアーレングス王国にとって、それは国を揺るがしかねないはずの事態になるはずだった。

 ゼロス王国からの要求に従い、アイドラン王国の元・王女であるメディナを引き渡しても軟弱な王だと非難される。

 要求を拒んで戦争に発展して、多くの被害を出しても私情に流された身勝手な王だと非難される。

 どちらを選んでもヴァンが不利になる……そんな不自由な二択のはずだった。


 しかし、ヴァンはそれを見事に乗り切った。

 ごくわずかな手勢だけを率いてロイカルダン平原に赴き、ゼロス軍を撃破。

 一日とかからずに、戦死者十人未満という少なすぎる被害によって、侵略者を退けてみせたのだ。


 そんなヴァンに非難など来るはずがない。

 ヴァンのことを偉大で強き王であると称賛は高まるばかりである。

 国民は自分達が歴史的な名君の下にいるのだと胸を張り、多くの人間が笑顔になっていた。


「うう……まさか、こんなことに……!」


「おのれ……僭王め……!」


 そんな一方で、苦悶の表情を浮かべている人間もいた。

 アーレングス王国王城。謁見の間に引きずり出されたのは、複数人の貴族達。

 彼らは突如としてやってきた騎士によって拘束され、城まで引きずってこられたのである。

 拘束されて床に転がった貴族を騎士が厳しい目で見下ろしていた。

 貴族達は自分達の身に何が起こるのか……戦々恐々で怯えている。


「ヴァン国王陛下の御成りである!」


「…………!」


 騎士が声を張り上げて、謁見の間の扉が開かれる。

 床に転がされた貴族達の横を通り、ヴァンが玉座に座った。


「集まったな」


「ヴぁ、ヴァン陛下!」


「国王陛下! これはどういうことですか!?」


 玉座に腰を落ち着けたヴァンに貴族達が叫ぶ。

 拘束された状態で、イモムシのように這いながら王の足元ににじり寄る。


「動くな、無礼者!」


「ぐあっ……!」


 しかし、そんな貴族達は騎士が槍の柄で殴りつける。

 殴られた貴族達の口から悲鳴が上がった。


「こ、こんなことをしてタダで済むと思っているんですか……! 私達が何をしたと言うのです……!?」


 貴族が叫ぶ。

 いくら国王とはいえ、罪のない人間を拘束するなど許されるはずがない。


「さて……貴方方には反逆の容疑がかかっています」


 ヴァンに代わって宣言したのは、文官の責任者であるロイド・ジースだった。


「は、反逆……?」


「そんな! 何かの間違いです!」


「我々が反逆だなんて……まさか、デニリー伯爵じゃあるまいし……」


 元・財務大臣であるオルドバ・デニリーが反乱を起こして王都を攻めようとしたことは、すでに王国中に知れ渡っている。

 自分達はデニリーとは違う……そう主張する貴族達であったが、ロイドが冷たく彼らを見下ろした。


「残念ながら……その言い訳は通用しません。貴方達が反乱を企んでいたという確固たる証言が上がっています」


「へ……?」


「どうぞ、お入りください」


 新たに謁見の間に一人の男性が入ってきた。

 赤髪で端正な顔立ちを持った中性的な容姿の人物。

 先日、アーレングス王国に宣戦布告してきたゼロス王国の王子……ロット・ゼロスである。


「ロット殿下、証言をお願いしてよろしいですか?」


「ああ……ここに転がっているガウン子爵、ホマーン男爵、ウェリー男爵、そしてガエイル伯爵はいずれも僕が出した書状を受け取っており、王の留守を突くことを同意している。何故か、指示した通りに挙兵しなかったがな」


「なっ……!」


 貴族達が青ざめる。

 動揺に目を泳がせて、慌てた様子で言い募る。


「そんな……ま、間違いに決まっています。そちらの王子が出まかせを言っているのです……」


「そ、その通りだ! 国王陛下、騙されてはいけませんぞ!」


「これは我が国の内部を混乱させようとする企てである! 卑劣なり、ゼロス王国め!」


 芝居がかった言い訳をする貴族達であったが……部屋の空気は冷たい。

 いつまで経っても言い訳を止まない貴族達に、ヴァンがようやく口を開く。


「黙れ」


「「「「「…………!」」」」」


 口から発された言葉は短かったが……けれど、重い。

 先ほどまで元気良くさえずっていた貴族達が、そろって黙り込んだ。

 静かになった貴族達を見て、ロイドが言葉を続ける。


「残念ながら、その主張は受け入れられません。貴方達を捕縛した後で屋敷を調べさせてもらいましたが……ロット殿下の署名が入った密書が見つかっています。もちろん、ロット殿下も貴方達が送った書状を提出してくれました」


「それ……は……!」


「う、ぐ……」


 貴族達は黙り込む。

 この時点で詰みは確定しているが……一人がみっともなく、まだ言い逃れをしようとする。


「そ、それは……ゼロスから受け取っただけです。実際に反逆を起こすつもりなどありませんでした……ロット殿下が持っていたという書状は作り物かと……」


「それでは、どうしてゼロスから寝返りを求められた時点で、そのことを王宮に報告しなかったのですか?」


「う……それは……」


「天秤にかけたのでしょう? ロイカルダン平原でヴァン陛下が勝利したのであれば引き続き、アーレングス王国に仕え続ける。陛下が敗れたのであれば、ゼロス王国に寝返る……風見鶏がコウモリとは笑えませんね」


「…………」


 完全に心中を見抜かれたのだろう。

 貴族達はいよいよ、言葉を失ってしまった。

 ようやく静かになった彼らを見下ろして、ロイドも満足そうに頷く。


「貴方達は反逆を了承しましたが、実際には兵を動かしていません。ですから……デニリー伯爵のように取り潰しまではしません。しかし、賠償金は払ってもらいますし、当主の座もこちらが指定する人間に交代してもらいます」


「そんな……!」


「別に処刑でも良いのですよ? 反乱の罪は本来であれば、一族全体に及ぶものです。妻子と一緒に処刑台に上りますか?」


「「「「「…………」」」」」


『処刑』の一言に貴族達は諦めた様子で項垂れる。


「それでは、陛下。そのような沙汰で問題ありませんね?」


「よきにはからえ」


「承知いたしました。それでは、こちらで処理させていただきます」


 ロイドが深々と頭を下げる。


 今回の反乱によって、ヴァンに敵意を持っていた貴族達が大勢処分されることになった。


 雨降って地固まる。

 これまで尻尾を見せなかった貴族達を排除したことにより、ヴァンの政権はより確固たるものとして固められたのであった。

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