第26話 ケンカを買ったよ、妹ちゃん!

 ゼロス王国からの突如として送り込まれた要求。

 その内容はアイドラン王家の生き残りである、メディナ・アイドランの引き渡し。

 要求を受け入れたのであれば、ゼロス王国は過去の遺恨を水に流して、アーレングス王国のことを認めるとのことである。

 しかし、国王であるヴァン・アーレングスはそれを拒否。

 ゼロスの王太子であるロット・ゼロスの要求を突っぱねた。

 これにより、ゼロス王国は軍を出してアーレングス王国へと差し向けてきた。


 決戦の場所はロイカルダン平原。

 両国の境界上にある平原であり、かつてヴァンが英雄となるに至った戦いが行われた地である。



     〇     〇     〇



「問題なく、川を渡ることができましたな」


「ああ……もしも我が軍を止めるのであれば、渡川の前に仕掛けてくるはずなのだがな」


 平原の中央を流れている川を越え、ゼロス王国軍がアイドラン王国……否、アーレングス王国へと侵入してきた。

 ゼロス軍の指揮を執っているのはロット・ゼロス。ゼロス王国の第一王子・・・・である。


「まさか……再び、この地を訪れることになろうとは……苦い思い出の場所。敗戦の地だよ」


 ロットが端正に整った中性的な顔立ちを歪めて、しかめっ面になる。


 一年前、ロイカルダン平原でアイドラン王国とゼロス王国の戦争が行われた。

 戦争を仕掛けてきたのはアイドラン王国から。

 聞いたところによると……王太子であるエイリック・アイドランの自己顕示欲から始まったらしい。

 アイドラン王国は暴君であった国王によって治められており、息子のエイリックは好色なクズだった。


 しかし、自らの世評を認めたくないエイリックは名声を高めるため、ゼロス王国へと戦争を仕掛けてきたのだ。

 侵攻の理由としては……別にもう一つ、下賤な理由があったのだが。

 それはともかくとして、両国の間で戦いの幕が切って落とされた。


 ゼロス軍の指揮はエイリックと同じく、王太子という立場だった・・・ロットが執ることになった。

 ロットはゼロス王国の次期国王であることがほぼ決定していたが、戦争による実績は持っていない。

 そのため……ロットもまた次期国王としての地位を盤石にするべく、自ら出陣したのである。


(だが……それによって、僕は敗北した。あの男……ヴァン・アーレングスのせいで……!)


 両国の王太子が出陣したその戦いは、二つの国の未来を象徴する結果になってしまった。

 即ち……ヴァン・アーレングスの一人勝ちである。

 アイドラン軍の指揮官であるエイリックは戦を投げ出して逃走。人々の支持も護国の将軍も失うことになり、アイドラン王国は滅亡することになった。

 ゼロス側はロットが敗北したことにより、王太子の地位を剥奪。

 それまでほぼ勝ちが決まっていた後継争いが過熱することになり、刻一刻と国力が削れている。


(あの戦いで得をしたのはヴァン・アーレングスただ一人。だが、このまま勝ち逃げをさせるものか……!)


 ロットが決意を込めて、拳を握りしめる。


 あの戦いによって、ロットは多くの物を失った。

 王太子の地位。

 信頼していた部下。

 そして……掌中の珠であった、何よりも大切な妹もロットの手を離れてしまった。


 失った全てを取り戻すために仕掛けたのが、今回の計略である。

 ロットはどちらでも良かった。

 ヴァンがメディナ・アイドランを引き渡すのであれば、仇敵であるアイドラン王国の最後の生き残りを捕らえた功績によって。

 そして、新興国であるアーレングス王国と表向きの友好関係を築いた功績により、王太子に返り咲こうとしていた。


 そして……要求を拒んだのであれば、戦争で取り戻す。

 王太子の地位を失って配下はかなり減ってしまったが……彼らを投入して、ヴァン・アーレングスの首をる。

 アイドラン王国が滅亡してすぐに攻めてこなかったのは、アーレングス王国内部にいる貴族の調略に時間がかかったからだった。

 ゼロス軍とアーレングス軍の戦いが始まったタイミングで貴族達が王都を攻め、落とす算段になっている。


(勝てる……この戦いは勝てる……! ヴァン・アーレングス……如何に貴殿が卓越した武人であったとしても、内乱が集結した直後というタイミングであれば僕が勝つ……!)


 闘志を燃やしながら、ロットは軍勢を率いて平原を進軍していく。

 ロットに付き従う兵士は一万ほど。

 一年前と比べて、半分以下になっていたが……今のアーレングス王国であれば落とせるはずだった。

 だが……勝利を確信しているロットのところに、先行させていた密偵から思わぬ報告が寄せられる。


「殿下! この先にアイドラン……ではなく、アーレングス軍を発見いたしました!」


「そうか。それで……敵の数は?」


「それが……」


 密偵が困惑の表情を浮かべる。

 言葉を噛んでいる様子の密偵に、副官の中年男性が声を張り上げた。


「どうした! さっさと殿下に報告をせぬか!」


「は、はい……」


 一喝されて、密偵は微妙な顔つきで口を開く。


「アーレングス軍の人数は百ほど。全て、騎兵によって構成されています……」

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