第27話 お隣さんはやる気満々

 第一王子ロット・ゼロスが率いている兵士は一万。軍の構成は歩兵と騎兵が半数ずつである。

 王太子の地位を剝奪されたロットにとって、外征に動かすことができる最大人数。

 一方で、それを迎え撃つアーレングス軍は百ほど。全てが馬に乗っている騎兵だった。


「…………!」


「馬鹿な……ふざけるなよ!」


 密偵の報告を受けて、副官の男性が怒りの声を上げる。

 叫び出したいのはロットも同じだった。

 副官が叫んでいなければ、ロットの方が声を荒げていただろう。

 それくらい、密偵の報告は信じがたいものだった。


「どこかに隠れているに決まっているだろうが! さっさと伏兵を探し出せ!」


「い、いえ……我々もそう考えて、周辺を探してみたのですが……間違いなく、百の騎兵しかいませんでした……」


 密偵が身体を縮こませながら、おずおずと言う。

 彼らも自分が目にした事実が信じられないのだろう。

 国同士の戦争でたったの百。これっぽっちの数で何ができるというのだ。

 一年前のロイカルダン平原では、わずかな兵士を率いてヴァンが敵陣地を突いていた。

 しかし、それはあくまでも本隊が別にいたからこそできたことである。


「一人や二人ならばまだしも、見通しの良い平原で伏兵を見逃すわけがありません……敵軍の戦闘にはヴァン・アーレングスらしき人物の姿もありました」


 軍とは巨大な生き物だ。

 ここが山地や森であったのならば兵士を隠す場所があるだろう。

 しかし、拓けた平原で千人以上の人間が固まっているのを見逃すわけがなかった。


「グッ……!」


 副官もそれがわかっているから、黙り込んだ。

 ロットも眉をひそめて、ヴァンが少数で現れた意図について考え込む。


(ヴァン・アーレングス……まさか、たった百人で勝てると思っているのか……?)


 魔法が存在するこの世界において、一騎当千の戦士は実在する。

 ヴァン・アーレングスがその一人であることは、一年前の敗戦から嫌というほど思い知っていた。


(だけど……強力な兵士や魔法使いを有しているのは、こちらも同じこと。個人の力で戦争を覆せると思っているのなら、それは驕りというもの……!)


 舐められているのだろうかと、ロットはヴァンに対する怒りを深めた。


 ともあれ……ヴァンがたった百騎で出てきたというのであれば、王都の守りは揺らいでいないだろう。

 内通者が挙兵したとしても、王都を落とすことは不可能である。

 むしろ、日和見のコウモリはロットと交わした密約など忘れて、知らぬ存ぜぬを貫くに違いない。


「……ヴァンが少数で出てきたというのならば、こちらにとっても都合が良い。お望み通り、数によって叩き潰してやろう」


 ロットは昂る怒りを抑えつけながら、配下に命じた。

 冷静さを失うようなことはしない。もう二度と、油断はしない。


(この戦いにおいて、僕に隙はない……かつてのように鼻先にぶら下げられたニンジンに気を取られて、本陣を落とされるような無様をさらすものか……!)


「ただし、あくまでも敵と戦うのは騎兵のみ。散開しつつ敵を包囲せよ! 歩兵は陣地を構築して、守りに徹しなさい! 先の戦いのように、隙を見て本陣を落とされるということはくれぐれもないように……!」


「「「「「ハッ!」」」」」


 ロットの命令を受けて、ゼロス軍は動き出した。

 一年前の戦いでは、ロットは自ら槍を振って前線に立っていた。

 兵士の士気を高めるための判断。決して間違ってはいないと思っているが……それでも、同じ轍を踏むことはしない。

 今度は敵の駆逐を部下に任せて、ロットは陣地に構えて守りに徹するつもりである。


(必ず、勝つ……貴様に勝利して僕は全てを取り戻すぞ……!)


 アーレングス軍……総数は騎兵が百のみ。

 ゼロス軍……攻め手は三千。守り手は七千。

 ロイカルダン平原を舞台にして、誰の目にも勝敗が明らかな戦いが始まろうとしていた。

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