第50話 異世界の王に俺はなる!

 黒岩空人は転生者である。

 前世では関東にあるとある高校に通っていたのだが……トラックに撥ねられてしまい、気がついたらこの世界に転生していた。


 死ぬ間際のことはハッキリと覚えている。

 空人は絶望していた。心の底から、あらゆる希望を失っていた。


 何故なら……好きだった女の子を親友に寝取られてしまったからだ。

 空人には恋人がいた。彼女のことを愛していたし、大切にしようと思っていた。

 しかし、そんな彼女が親友だった幼馴染と腕を組み、歩いているところを目撃してしまったのだ。


『良哉! 椎菜!』


 道路の向こうに彼女と親友の姿を見つけて、空人は思わず道路に飛び出してしまった。飛び出さずにはいられなかったのだ。

 そして、次の瞬間にはけたたましいブレーキ音が聞こえて、全身を強い衝撃が襲ったのだ。


『ギャッ……』


 喉から漏れる短い悲鳴。

 轢かれたと気がついた次の瞬間には、景色が逆さまになっていた。

 宙を舞い、道路に頭から落下する空人が最後に見たのは停止した大型トラックである。


 そうして、短い生涯を終えた空人であったが……次に目を覚ましていた時には、新しい人生が始まっていた。

 生まれた場所は異世界。深い森の中にある集落。

 ジャングルに棲んでいる異民族の一つ……『鳥の一族』に生まれた空人は、新しく『ガラム』という名前と黒い翼を持って生まれた。


 新しい命。新しい土地。新しい家族と仲間。

 恋人と親友に裏切られた空人……いや、ガラムは前世の出来事を忘れて、新しい人生を謳歌しようとした。


 しかし、そんなガラムを二度目の絶望が襲う。

 ガラムが生まれた土地……大森林は文化水準が低かった。とんでもなく。

 電気はない。車や飛行機もない。テレビや冷蔵庫といった家電製品もない。

 せめて魔法が存在する中世ヨーロッパ世界観などであれば、ギリギリ耐えられたのだが……獣人というのは魔法が使えないということを知らされた。

 おまけに……食事として出されるのは虫ばかり。ガラムが生まれた種族である『翼の一族』にとって主食であるらしい。

 前世から虫が苦手だったガラムにとっては、拷問のような食生活である。


 唯一、この世界に転生して良かったことといえば……背中の翼で空を飛ぶことができるようになったことくらい。

 そして……可愛い妹がいることか。

 ガラムには腹違いの妹……ルーガがいて、ガラムにとても良くなついてくれた。

 この部族では兄妹婚が許されることを知ったときには、ドギマギと心臓の高鳴りがしばらく止まらなかった。


『ダメだ……耐えられない!』


 しかし……やっぱりダメだった。

 いくら空を飛べるようになっても、いくら可愛い妹ができても。

 日本という先進国。飽食の国に生まれ育ったガラムは、未開の原住民としての生活に耐えることはできなかった。


『もう虫なんて食いたくねえ! ラーメン食いたい、寿司食いたい、焼肉食いたい、ケーキが食いてえええええええええええええええっ!』


 生活水準の低下。QOLの下落。

 特に食文化が合わない世界に放り込まれたのは、拷問のようだった。


『俺は絶対にこの生活を変えてみせる! こんなジャングルの中で一生、虫を食って生きるなんて真っ平ごめんだ!』


『さすがは兄者だ。ルーガは応援するぞ!』


『ジャングルの外に飛び出すために……まずは戦力だ! 『翼の一族』でトップに立ってやる!』


 獣人達は基本的にシンプルだ。

 脳筋で力の強い者に従い、掟で定められたことは破らない。

 まれに掟を破ってしまった者は追放されてしまい、生涯『はぐれ』として生きていくことになってしまうからだ。

 若造であろうと、子供であろうと、優れた力を持った者は上に立つことができる。


 ガラムは前世の知識を利用して、まずは一族の中で成り上がった。

 その野心は思いのほかに順調に進んでいく。

 ガラムが優秀だったというよりも、獣人が馬鹿だったのだ。

 何たって、彼らは武器を使って戦うということをしない。

 鋭い爪や牙、翼を持っているがゆえに、武器を扱うという発想がないのだ。

 石で作った槍や斧、竹に似た植物で作った弓矢……その程度の武器を作っただけでも、一族の頂点に立つことに成功した。


『翼の一族』を束ねる立場になったら、次の目標は『部族王』だ。

 大森林に棲んでいる全ての部族の長を決闘で打ち倒し、王となることを目指した。

 他の族長のデータを集めて、弱点を考察して、いくつもの対処を立てた上で一人ずつ族長を降していく。


 野望を胸に抱いて行動を初めて、早二年。

 ガラムはとうとう成し遂げた。ジャングルにいた獣人を束ねる『部族王』となったのだ。

 全ての獣人を配下にして、見目麗しく胸のデカい(重要!)女を婚約者として集めて……それでも、ガラムの野望は止まらない。

 食卓に虫だけではなくフルーツやコウモリのスープが並んだ程度では、少しも満足はできなかった。


『北方のアイドラン王国に攻め込むぞ! 異世界の王者に俺はなる!』

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