第49話 どこの王様も苦労するよ

 突如として、アーレングス王国に侵攻してきた大森林の異民族。

 彼らは村を焼き、人を殺し、食料や金品を奪っていった。

 一見して無秩序な略奪に見える行動だが……彼らも勝手気ままに攻め込んできたわけではなく、当然のようにそれを指示した『人』がいる。


「部族王! 部族王はおられるかあ!?」


「騒がしいな……何だよ、大声で」


 異民族によって制圧された村の一つにて。

 大声で響く野太い声に、一人の青年が忌々しそうに応じた。

 村の中心に居座り、略奪品をクチャクチャと食っていたのは十代後半ほどの若い男。

 その背中には鷹によく似た翼があり、周りに同年代の女性を侍らせている。


 その人物こそが、アーレングス王国侵攻の指揮官。

 翼一族の族長にして、大森林にいる全ての異民族を束ねている部族王……ガラム・ジャ・ラーハである。


「部族王、大変だあ!」


「大変なのはわかったよ……だから、何がどう大変なのかを説明しろって!」


 村に駆け込んできた男に、頭痛を堪えるような表情でガラムが言う。


「上司への報告は5W1H、わかりやすく簡潔にだ! さっさと報告しろ!」


「へ、へえ……」


 ガラムに怒鳴られた男がシュンッ……と獣の耳と尻尾をへたらせた。

 それでも、言われたとおりにできるだけ簡潔に用件を述べる。


「そ、その……東の村を攻めていた牙一族が壊滅しましたあ……」


「ハア? 壊滅?」


「はいい、半分ほどが命を落として、残りの半分はバラバラになって敗走。生きてここまで戻ってきたのは、俺と数人でさあ」


「おいおい……何があったんだよ……」


「え、ええっと……」


 男はしどろもどろになりながら、部隊が壊滅するまでの経緯についてを話す。

 男の説明が続くにつれて……どんどん、ガラムの顔が険しいものになっていった。


「……つまり、村を襲撃していた最中に兵士に邪魔をされた。逃げる兵士が砦に逃げ込んだから、囲んで皆殺しにしようとした。だけど、駆けつけてきた何者かによって部隊が壊滅させられた……そういうことか?」


「は、はあ、その通りです」


「ちなみに……渡した焙烙玉、火薬はどうした?」


「そ、それだったら、村を燃やしていた時に全部使っちまって……」


「馬鹿野郎!」


「ッ……!」


 ガラムが手にしていた肉の骨を男の顔面に投げつけた。


「お前らはいつもいつも……どうして、そういう大事なことをさっさと報告しないんだよ!」


「ほ、報告だったら今……」


「今じゃ遅せえ! 敵の兵士と交戦状態になった時点で、報告にきやがれ!」


 ガラムが苛立たしそうにガリガリと頭を掻いた。


「正規の兵士を連れていたってことは、おそらくそこに領主かそれに準ずる人間がいたんだろうな……そいつを捕虜にすることができれば、人質として交渉できたのに。それに腕っ節だけは立つ牙一族を壊滅させられる奴がいたって? どう考えても、そいつも名のある戦士、敵の主力じゃねえか……!」


「ぶ、部族王?」


「ああ、畜生! さっさと情報収集をして来い! その砦に引っ込んでいた奴が誰だったのか、援軍の兵士はどれくらいいるのか、指揮官は何者なのか……さっさと調べてきやがれ! それと離散した兵士の回収もだ!」


「はいいっ!」


 ガラムに怒鳴りつけられて、男が慌てて村から走っていった。

 男が見えなくなると、ガラムは頭を抱えてうなだれる。


「クソッ……どうして、獣人は頭の軽い脳筋ばっかりなんだ。報連相もまともにできねえし、貴重な火薬は無駄遣いするし……! ああ、畜生。優秀な参謀が欲しい……!」


「兄者、どうした? 大丈夫か?」


「ガラム様、どうされましたか?」


「ガラム殿、しっかりしてくだされ!」


 周りに侍っている女達が気遣わしそうにガラムにすり寄る。


「兄者、大丈夫だ。ルーガがいるぞ?」


「ヴァナもここにおりますわ。ガラム様」


「リザーもいますぞ。ガラム殿」


 ガラムに身体を寄せて、豊満な身体を押しつけているのはいずれも異民族の女性。


 ガラムにとって、婚約者でもある姫達だった。

 ルーガという名の小柄な少女は背中に白い翼が生えており、まるで天使のようである。

 ヴァナという名のスレンダーな女性は頭に獣耳、背中に尻尾が生えていた。

 リザーは身体のあちこちに鱗が生えており、爬虫類のような尻尾が地面をビタビタと叩いている。


 体格も種族もバラバラの三人であったが……いずれも見目麗しく、そして胸がやたらと大きかった。


「ああ、いや……大丈夫だよ、三人とも」


 身体に当たる豊満なバストの感触に、ガラムの顔が緩んだ。


「申し訳ございません……ガラム様。我が部族の者が失態を侵したようで……」


「いや……ヴァナは悪くない。アイツらが脳筋の猪武者だっていうことはわかっていたんだ。もっと細かい指示を……いや、あまり細かく言っても忘れるか。だったら、メモで指示を……字が読めねえか」


「ガラム様?」


「ああ、もう! 痒いところに手が届かねえなあ!」


「キャッ……!」


 ガラムが目の前の女性……ヴァナに抱きついた。

 豊かな胸に顔を押しつけながら、両手でほかの二人の女達を抱き寄せて乳房を揉む。


「わあ! ダメだぞ、兄者!」


「こ、こら! それ以上は御法度ですぞ!」


 先ほどまで胸を押しつけていたというのに……ガラムの方から手を出すと、女性達が慌てて逃げる。


「良いじゃないか、俺たちは婚約者なんだから」


「婚約者でもダメだぞ!」


「そうです。婚前交渉などいけません!」


 異民族にもルールがある。

 三人はガラムの婚約者ではあったが、まだ結婚前。婚前交渉は部族の掟に反している。


「クソ……獣人のくせに、どうして変なところばっかり身持ちが堅いんだ……!」


 ガラムが悔しそうに表情を歪める。


 三人の婚約者はいずれも豊満な身体つき。

 おまけに、未開の部族らしく扇情的な格好をしている。

 そんな彼女達が過剰なスキンシップをしているのに、手が出せないのだ。

 蛇の生殺しも良いところである。


「そうだぞ! 結婚前に妊娠したら困るからな!」


「ええ、結婚前の子供は呪われた子が生まれることがありますからね」


「ダメですな。間違いない」


「…………チクショウ」


 口々に言う三人に、ガラムが吐き捨てる。


「避妊具が……コンドームさえあれば。日本が恋しいぜ……!」


 落ち込む青年の後ろで、黒い翼が悲しそうにバサバサと揺れた。

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