第51話 獣人の王様は超苦労する

 奪った村の一つ。

 拠点にしていた建物にて、転生者である獣人……ガラムが忌々しそうに吐き捨てる。


「チッ……相手の動きが思ったよりも速いな。もしかして、優秀な軍人とかがいるんじゃないのか?」


 大森林の異民族を束ねている部族王……ガラム率いる獣人の軍勢であったが、大森林近くの村をいくつか占領した辺りで、侵攻が止まってしまっていた。


 理由はいくつか挙げられる。

 最初の理由は、味方の無能さゆえである。

 獣人という種族は基本的に脳筋だった。頭で考えるよりも先に手が出るタイプであり、戦略的な行動を何よりも不得意とする。

 そんな彼らはガラムの命令により、報連相を徹底されていた。

 勝手なことをするな。何かあったら、指示を仰げ……そんなふうに命じられたことにより、いちいちガラムの指示を受けなくてはいけないため、行動が遅くなっているのだ。

 もちろん、現場の判断というものがある。そんなことくらい、自分で考えろと叫びたくなる場面が、ガラムには何度もあった。

 しかし……どこまでが自分で判断して良くて、どこからが指示を求めなければいけないのか。それを判断できる頭が獣人にはなかったのだ。


 次の理由は、敵の行動が早かったこと。

 獣人達が侵攻を初めて何日も経たないうちに、近隣の住民は大きな町に避難。

 町は守りを固めており、迂闊に攻めることができなくなってしまった。

 こうなると、獣人は弱い。

 彼らは『城』というものを持たない部族である。

 城がないのだから、城攻めをした経験もなかった。

 頼みの綱として、ガラムが前世の知識を元にして開発した火薬があったが……その量は限られている。

 味方が無駄に使ってしまったこともあり、かなり量は少なくなってしまった。


「やっぱり……準備が足りなかったか。いや、でもな……」


 各地に散っている味方からもたらされる悪い報告にガラムが頭を抱えて悩む。


 ガラムとて、勝機もなく攻めてきたわけではない。

 この国……アーレングス王国がアイドラン王国の内乱の果てに生まれた国であり、少し前に北のゼロス王国と戦争をしていたことを調べ上げていた。

 だからこそ、渋る長老達を説得して侵攻に踏み切ったのだが……想像以上に苦戦を強いられている。


「戦いに勝つためには情報が命。攻めるのなら、このタイミングしかないと思ったんだけど……何が悪かったんだ?」


 ガラムが悔しそうにつぶやく。


 ガラムは知らない。

 確かにアーレングス王国はゼロス王国と戦争していたが、ほとんど被害を出すことなく勝利していることに。

 とっくに内乱による混乱は収まっており、敵意があった貴族が粛清されて、むしろ国の地盤が固まっていることに。

 情報が命であるという考えに間違いはない。

 しかし……辺境にいる人間を攫ってきて聞き出しただけの情報では、不十分だったのである。


「兄者、悩んでいるのか? 困ってるのか?」


 懊悩する兄を見て、白い翼を生やした獣人……ルーガが心配そうに顔を覗き込む。

 ルーガは腹違いの妹ではあったが、ガラムの婚約者である。

 同じく、他の部族から差し出させた婚約者……『牙の一族』のヴァナと『鱗の一族』のリザーもガラムを見つめていた。


「いや……心配いらないよ。予定よりも早いが、そろそろ引き上げる準備をしようか」


「もうなのか、兄者? 必要なのは手に入ったか?」


「全てではないが……まあ、最低限、欲しい物は手に入れたよ」


 ガラムが肩をすくめた。


 ガラムは若者だけに功を焦る部分はあるが……地頭は悪くない。

 今回の侵攻により、アーレングス王国を滅ぼせるとは少しも思っていなかった。

 ガラムの狙い……今回の侵攻の主目的は人材と物資の略奪である。

 麦などの作物、農具や武器、そして……何よりも求めていたのは鍛冶師などの技術者。

 それらを手に入れるために、アーレングス王国に攻め入ったのだ。


「やはり……鉄が欲しいな。『銃』があれば、この国だって手に入れることができる……!」


 ガラムが思い描く未来……それは獣人に銃を武装させることだった。

 火薬は生み出すことができている。

 幸い、大森林の奥地に火山があって硫黄は手に入れたし、木炭と硝石を生み出す方法は知っていた。

 そして……鉄鉱石を産出させる鉱山も見つけた。

 しかし、残念ながら……鉄鉱石を加工できる技術者がいない。

 だからこそ、ガラムは強引にでもそれを手に入れようとしたのである。


「村にいた鍛冶師は確保した……一度、大森林に戻ろう。次に攻めるのは銃を手に入れてからだ」


 ガラムの決断は早かった。

 このまま戦っていても、勝利することはできないとわかっていた。

 ガラムはやはり、馬鹿ではなかったのだ。


「撤退だ。それぞれの部隊に伝えろ。略奪した物品と人を持って、大森林まで……」


「部族王、ぶぞくおお! 大変だあ!」


「何だ、今度は!」


 拠点に別動隊を率いていた部下が飛び込んできた。

 また、悪い報告だろうか……ガラムが顔を歪めて声を荒げる。


「敵が一気に反撃に出てきたぞお! 各地で同胞がやられてやがるう!」


「ハアッ!? 何をしてやがる!」


 ガラムが怒鳴りつけた。怒りのままに、目の前の部下に向かって吠える。


「火薬は渡していただろうが! それを使えば、逃げる時間稼ぎくらいは楽勝だったはずだろうが!」


 別動隊には追加で火薬を渡していた。

 無駄遣いをしないようにとも、伝えていたはず。

 それなのに……どうして、一方的にやられるというのだ。

 火薬の爆発に動揺した敵兵から逃げるくらい、できるだろうとの算段だったのに。


「そ、それがあ……」


 部下が外を見る。

 ガラムは顔をしかめて……外に駆けだした。


「まさか……!」


 空を見上げて、唸る。


 曇天の空が涙を落とす。

 ポツポツと雨のしずくが落ちてきた。

 空が泣いている……まるで、これから起こる獣人の悲劇を嘆くかのように。

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