第52話 獣人の王はアルティメット苦労する

 アーレングス王国南部にある町に王都からの援軍、近隣の領主の兵士が集い、大森林から現れた異民族の攻撃を耐えていた。

 異民族は爆発する壺を使っている。見たこともない武器だ。

 魔法が使えない代わりに身体能力が高いのが異民族の特徴だったが……思わぬ力により、アーレングス王国の兵士は苦戦を強いられている。


 だが……彼らはただやられていただけではない。

 そこにいた兵士達は事前に国王であるヴァンから、一つの指示を受けていた。


『雨が降ったら、同時に総攻撃を仕掛けよ。雨の下では破裂する壺は使えない』


 英雄であるヴァンの指示を受けて、兵士達は命じられたとおりに行動をした。

 雨が降り出したのを合図にして、各町にいた兵士が城門を飛び出して一気呵成の反撃を始めたのである。



     ○     ○     ○



「馬鹿な……どうして、知っている……!」


 拠点としている村の中央で雨天の空を見上げて、ガラムが怒鳴った。


 敵の反撃が始まった。雨が降ると同時に。

 雨が降っていれば、火薬が湿気って爆発しなくなってしまう。

 このタイミングでの反撃が始まったことを見るに、偶然とは思えない。


「知っている奴がいるのか……火薬の存在を、その弱点を!」


 この世界では……少なくとも、アイドラン王国やアーレングス王国では火薬は使われていない。そのはずだった。


(いるのか……俺以外にも転生者が。火薬のことを知っている人間がいるというのか……!)


 そうだとすれば、前提条件が覆されてしまう。

 ガラムの計画では、火薬を生み出し、銃を生み出し……人間よりも遥かに身体能力が高い獣人を武装させることにより、天下を制するはずだった。

 しかし、他にも火薬や銃の存在を知る転生者がいるとなると話が変わってくる。


「部族王! ご指示をお!」


 部下が指示を求めてくる。

 ガラムはいつまでも、現実を呪ってはいられなかった。

 大森林という国を束ねる王として、決断をしなくてはいけなかった。


「引き上げろ! 全軍、撤退だ!」


「兄者……」


 いつになく焦っているガラムに、妹が唖然とした顔をしている。

 そんな妹に構うことなく、ガラムが指示を飛ばした。


「全ての別動隊に伝えろ! 敵を足止めする一部の兵士を残して、全員を引き上げさせろ! くれぐれも奪った物資と人……それに火薬を忘れるな!」


 火薬を使って作り出した『焙烙玉』を奪われてしまえば、解析されて敵にコピーされる恐れがある。それだけは避けたかった。


「お前達もだ! 物資をまとめろ!」


「ハッ!」


 ガラムの指示を受けて、獣人の兵士達が荷物をまとめていく。

 村の建物に入れていた物資を運び出して、捕まえた技術者を馬や牛などの家畜に乗せて……さっさと、敗戦の地となりつつある土地から去ろうとする。


「兄者! 準備できたぞ!」


「よし……ルーガ、行くぞ!」


 雨が降っている中では、『翼の一族』である彼らは飛ぶことができない。

 屈辱的なことであったが……走って逃げるしかない。


「ヴァナ、リザー! お前達も遅れるなよ!」


「わかりましたわ。ガラム様!」


「わかったぞ、ガラム殿!」


 他の婚約者二人……この世界で手に入れたかけがえのない戦果である巨乳美少女がついてきていることを確認して、ガラムも村を去ろうとする。


「ギャアッ!」


 だが……先頭を走っていた『牙の一族』の戦士が槍に貫かれた。

 雨を切って、どこからか投げ槍が飛んできたのである。


「何だって……!」


「敵襲だ!」


 同胞がやられたのを見て、他の獣人達が叫んだ。

 雨のカーテンの向こう側から仕掛けられた奇襲。動揺が広がっていく。


 ガラムは馬鹿ではない。

 だが……若く、経験が浅く、そして未熟だった。何よりも、世間を知らなかった。

 この世界には、アーレングス王国にはいるのだ。

 相手の軍隊の弱点を的確についてくる、敵兵から見れば悪夢のように鼻が利く戦士がいることを。


「ああ、いたな」


「いましたねえ、大将」


 雨の向こう側から武装した兵士達が現れる。

 その最前列に立っているのは……ヴァン・アーレングス。

 アーレングス王国の若き英雄。ガラム達に破滅をもたらす地獄よりの使徒である。

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