第53話 異民族を追い詰めるよ

 だんだんと雨が強くなっていく。

 雨天の下、ヴァンは配下の兵士を率いて、異民族の指揮官らしき者達と相対した。

 目の前には獣や鳥の一部を有した人間達……獣人や半獣とも呼ばれる異民族がいる。

 彼らの中に総大将がいるのだろうが……誰がそうなのかわからなかったので、ヴァンは素直に聞いてみることにした。


「誰が、お前達のリーダーだ? 名乗り出てくれ」


 異民族の兵士達を前にしながら、ヴァンの口調は落ち着いている。

 対照的に……まさに奇襲を受けている異民族は明らかに動揺しており、浮足立っている様子だった。


(うんうん、無理もないよね。さすがは妹ちゃん)


 混乱している異民族達を見て、ヴァンが頼りになる妹を心の中で称賛する。

 南部に出兵するにあたり、ヴァンはモアからとある助言を受けていた。


『お兄様、異民族が使っていたという爆発する壺ですけど……それは『火薬』と呼ばれる物かもしれません』


『火薬? 何かな、それは?』


『古い文献で読んだことがあるのですけど、硫黄や木炭などから作られる薬品です。水に弱いので雨の日には使えなくなるはずですから、その隙に攻撃したら良いですよ』


 そんな助言を元に……ヴァンは異民族の攻撃にさらされている町に『雨が降ったら反撃するように』と指示を出していた。

 結果は御覧の通りである。火薬という兵器が使えなくなった獣人は混乱して、大将である人物に指示を仰ぎにいった。

 その兵士の後をつけて、ヴァン達はここまでやってきたというわけである。


(獣人は強いよ。だけど、魔法が使えないし、武器もお粗末だ。魔法を使える兵士であればそう簡単に負けるものではない)


 むしろ、数だけならば人間の兵士の方がずっと上なのだ。

 火薬という未知の兵器が無ければ、撃退はそれほど難しくはなかった。


「『カヤク』という物を開発した者はいるか? 投降するのであれば、命は助けよう」


「そうか……お前か!」


 ヴァンの言葉に、黒い羽を背中から生やした少年が噛みつくように叫ぶ。


「お前も転生者だったんだな! だから、火薬の弱点がわかったんだろう!?」


「…………?」


 叫ぶ少年に、ヴァンが首を傾げる。

 テンセイシャという言葉の意味は分からないが……おそらく、あの少年が目的としている人物なのだろう。


(カヤクを開発した者、あるいは敵の総大将を捕まえてくるようにって、妹ちゃんから言われているからね。ちゃんと見つかって良かったよ)


 ヴァンは胸を撫で下ろしながら、彼らに見えるように槍をかざした。


「抵抗するなら、殺す。投降しろ」


「兄者、下がれ!」


「ここは私達に任せて、逃げてくださいませ!」


 黒翼の少年を庇うようにして、二人の女性が前に出てきた。

 白い翼を生やした小柄な少女、狐のような獣耳と尻尾を生やした背の高い女性である。


「待ってくれ……ルーガ! ヴァナ!」


「ウワアアアアアアアアアアアアッ!」


「ガウウウウウウウウウウウウウッ!」


 二人が一斉にヴァンめがけて飛びかかった。

 ヴァンはわずかに目を細めて……槍を横薙ぎに振るう。


「ヴッ……!」


「ギャンッ!」


「……泣かせることをするな。しんみりしてしまう」


 二人があっさりと地面に倒れた。

 あまりにも速い槍さばきに、黒翼の少年も目を丸くして唖然としている。


「ムッ……!」


「グハッ……!」


 そして……何を思ったのか、ヴァンは虚空に向かって拳を振った。

 すると、何もなかったはずの場所からトカゲの鱗を纏った女の姿が現れる。

 どんな方法を使ったのだろう……自らの姿を消して襲いかかったようだが、ヴァンは天性の直感によってそれを迎撃した。


「姿を消す……闇属性の魔法? 異民族は使えないんじゃなかったのか?」


「あ、ああ……リザーまで……!」


 ヴァンが倒れた二人の女性の一方を踏みつけ、もう一方を槍の石突で押さえつける。

 そして、姿を消して奇襲をしてきた女の首を掴んで宙吊りにした。


「この女達は大切な者か? 彼女達の命が惜しければ……」


「殺せえ! 三人を奪い返せえ!」


「ム……?」


「皆殺しにしろ、突撃だ、突撃いいいっ!」


 黒翼の少年が指示を出すと、周りにいた異民族の兵士が困惑した様子ながらも立ち向かってくる。

 ヴァンは溜息を吐いてから、背後の兵士に告げる。


「殲滅だ」


「「「「「オオッ!」」」」」


 猛将の下に弱卒は無し。

 ヴァンという英雄に率いられた兵士達は一人一人が精鋭である。

 明らかに浮足立っており、まとまりを失っている敵に負けることなどあり得ない。


 異民族の兵士が皆殺しにされ、指揮官らしき黒翼の少年が捕縛されたのは、それから二十分後のことであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る