第79話 女海賊に捕まったよ

『赤鬼』の一味を壊滅させたヴァンであったが……船に帰ろうとして投げた木は見当違いの方向に飛んでいき、そのせいで遭難してしまった。

 帰り道がわからなかったので……とりあえず、謎の女海賊に捕まっておくことにする。


 剣のエンブレムを掲げた女海賊。

 海色の美しい髪を持ったその女は、海から引き上げたヴァンとルーガ、海賊達にサーベルを突きつけて宣言する。


「アタシの名前はドラコ・オマリ! 海賊だよ!」


 どうやら、その女性の名前はドラコ・オマリというらしい。

 そういえば、そんな名前だったなあとヴァンは思い出して納得する。

 ドラコ・オマリの背後には十数人の部下らしき男達がいて、威圧するように捕らえられたヴァン達を見下ろしていた。


「アンタらは『海風の一味』に拿捕された! 生きて解放して欲しければ相応額の身代金を支払うか、それに見合うだけの労働をしてもらう! 助けてやった恩義を返すまでは死体になっても船を下ろさないよ!」


「そんなっ!」


「横暴だ!」


「この海賊め!」


「俺達を解放しろ! ついでに近くの町まで送ってくれ。金もくれ!」


「アンタらも海賊でしょうが。甘ったれたことを抜かしてんじゃないよ!? 至れり尽くせりか!」


 ギャアギャアと抗議をしてくる海賊達に、ドラコ・オマリが怒鳴りつける。

 どうやら、彼女はヴァン達のことを殺すつもりはないようだ。

 生かしておく代わりに、金か労働で支払えというわけである。


「助けてもらった恩を返せば解放するのか……」


「意外と筋は通ってるぞ」


 ヴァンとルーガがヒソヒソと会話を交わす。

 二人は場合によっては暴れて、ドラコ・オマリらを倒すつもりだったが……平和的に解決できるのならば、無理にそうすることもないかと矛を収める。

 ドラコ・オマリは捕まっている海賊達を一人一人品定めしており、やがてヴァンとルーガに目を留めた。


「ん? アンタは獣人って奴かい? 翼が生えているなんて珍しいじゃないか」


 ドラコ・オマリがルーガに目を付けて、物珍しそうな顔をする。

 獣人を差別している人間は多いのだが……その瞳は興味しかなかった。


「まあ、どんな種族だろうが関係ないよ。人はみんな空と海の子供だ。アンタも金か労働で自分を買い戻しな」


 ドラコ・オマリがカラカラと笑った。

 快活で爽やかな笑みである。獣人だからといって、ルーガを差別することもなさそうだ。

 何となくではあるが……そう悪い人ではないのかとヴァンは思う。


「そっちの男もなかなか良い身体をしてるじゃないか。金と労働、どっちで支払うんだい?」


「労働で」


 問われて、ヴァンは迷わずに答えた。

 海で遭難しているのはヴァン自身の不手際だ。

 代官にせよ部下の騎士にせよ、自分の失態で身代金を支払わせるのは申し訳なかった。


「ただし、略奪の手伝いはしない。それで良ければ」


「良い返事だね。気に入ったよ」


 即答するヴァンにドラコ・オマリが満足そうに頷いた。


「だったら、適当な雑用でもやってもらう。アンタがどこの誰でどんな身分の人間かは知らないけど……この船に乗ったからには、アタシが頭でアンタは手下だ。命令にノーという返事は許さないよ!」


「わかった」


「違う! そこは『イエス・マム』だよ!」


 ドラコ・オマリがヴァンにサーベルを突きつけた。

 海色の髪をなびかせ、晴れた空のような笑顔を浮かべて。

 ヴァンは特に抵抗することなく……言われるがままに、その言葉を吐く。


「イエス・マム!」


 ハッキリとした声が青い空に吸い込まれていく。

 こうして、ヴァンは女海賊ドラコ・オマリの部下になって、一時的にではあるが『海風の一味』のメンバーになってしまった。

 国王が海賊の仲間入りだなんて、それなりの大問題であるような気もするのだが……当の本人がそれを気にしている様子はなかったのである。

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