第80話 海賊になったけど充実しているよ

「おい、そっち汚れてるぞ!」


「はい、掃除しておきます」


 海賊の捕虜となってしまったヴァンであったが……彼はモップで船の甲板を掃除していた。

 上役に言われるがままにゴシゴシと床をこすり、底にこびりついた汚れを綺麗に落としていく。


「フウ……」


 空から降り注ぐ太陽の光を浴びて、汗を流すヴァンであったが……その顔はとても充実したものである。

 やむを得ぬ理由とはいえ、国王という身分を隠して海賊の手下になりきっているわけだが……明るい顔には不平不満は欠片もない。


「やっぱりいいなあ、単純作業の繰り返し。肌に合っているよ」


 仮にも国王であるはずのヴァンであったが……基本的には偉ぶるのは好きではないし、王という身分に対して荷が重く思っていた。

 そんなヴァンにとって、上に命じられて身体を動かすのは苦痛ではない。むしろ、それが自分に合っているとすら感じている。


「やっぱり、王様なんて俺には向いてないんだよな。こうやって身体を動かしているのがお似合いだよ」


 労働し、汗を流すのが気持ち良い。

 海賊に捕まり、働かされている他の人間は苦痛や不満を顔に出しているが……ヴァンはこの状況を心から満喫していたのである。


「おい、そこのお前」


「はい、何でしょう」


 年配の海賊が話しかけてくる。

 名前は知らないが……この船のボスであるドラコ・オマリという女海賊の側近である男だった。


「もうじき船が村に着く。積み荷を降ろす準備をしておいてくれ」


「わかりました」


「頼んだぞ」


 ヴァンが手早く掃除道具を片付けた。

 そうしているうちに、沖に出ていた船が小さな島に到着する。


「着いたぞ、荷を下ろせ!」


「はい、ただいまー」


 ヴァンが船の倉庫に行って、そこに積まれていた木箱を抱える。

 それなりの重量がある木箱をまとめて抱えて、船の外に運び出していく。


「へえ……」


「やるな、あの男……」


 荷物を運んでいるヴァンの姿を見て、海賊達が感嘆の声を漏らしている。


「ガタイだけじゃなくて、腕力もかなりのもんだな……不満もいわないし仕事もさぼらない。アイツ一人で十人分は働いてるぞ」


「拾い物だな。雑用の奴隷じゃなくて、正式な船員にするように船長に進言してみるか?」


 腕っぷし命で生きている海賊達にとって、怪力無双のヴァンはとても好意的に映った。

 下っ端根性が染みついていて雑用を苦にしないこともプラスである。

 本人は狙ってのことではないが、海賊達からの評価はどんどん上がっていた。


「お……この村は……?」


 そんなことはつゆ知らず……積み荷を抱えて船を降りたヴァンは、島の光景に首を傾げた。

 そこは港ではなかった。浜辺にある小さな村である。

 村の中には日焼けした少年少女が走り回っていた。


「ほら、立ち止まってないでさっさと運びな」


「あ、すみません」


 ヴァンに注意してきたのは、船長であるドラコ・オマリだった。


「あの……この村はいったい……」


「ああ……ウチの村だよ」


「貴女の……村?」


 ますます不思議そうな顔をしているヴァンに、ドラコ・オマリがニカッと太陽のような笑みを浮かべた。


「ウチの海賊はどこの国にも所属していない、小さな漁村の出身者でね。貧しくて仕方がないから海賊業を始めたのさ」


「貧困から海賊に……?」


「ああ、そうともさ。果物や野菜……それに何よりも病気の薬。この村じゃ手に入らない物ばかりだからな。先代であるアタシの父親が海賊を始めたのさ」


「…………」


「おかげで、餓死者も随分と減ったんだよ。まあ、悪いことをしているとは思ってるけど……海賊になったことに後悔はないよ」


 貧しさから海賊になったということか。

 犯罪者なのだから悪いことではあるのだろうが、一方的に責めづらい事情があるようである。


「ほら、わかったらさっさと運びなよ! 積み荷はあっちだよ!」


「わかりました、船長」


 ドラコ・オマリに背中を叩かれながら、文句を言うこともなくヴァンは積み荷を村の倉へと運んで行った。

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