第38話 姉妹は決断する

 行き別れた姉妹……シャーロット・ゼロスとエルダーナ・ゼロス。

 二人は故郷から遠く離れた地、アーレングス王国の王城で再会した。


「エルダーナ……!」


「お姉様、無事でよかった……!」


 二人はヒシッと抱き合って、再会を喜んだ。

 ロットがアーレングス王国に囚われて、もう二度と会うことはできないかと思っていた。

 だけど……二人はこうして、再会することができた。

 他でもない、二人の不幸の元凶……ヴァン・アーレングスの手引きによって。


 二人は表向きは存在を隠しながら……アーレングス王国の王宮の一室で、ひっそりと暮らしていた。


「まったく……ジークオッドめ! 僕の留守中にエルダーナを狙うだなんて、あのゲスめ!」


「お、お姉様……私だったら大丈夫です。御覧の通り、傷一つありませんから」


「もしも貴女が怪我をしていたら、すぐにでもゼロス王国に奴の首を獲りに行っていたところだ! 腹違いとはいえ、妹に手を出そうとするとは信じがたい所業だ……!」


 少し前まで、ヴァンに対して激しい怒りを燃やしていたロットであったが……現在は、腹違いの弟であるジークオッドへの憎悪が勝っていた。

 ロットにとって、エルダーナは目に入れても痛くない可愛い妹。

 命と引き換えにしても許すことができる、大切な妹を傷つけられそうになったのだ。

 怒り狂うのも無理はないことである。


「お姉様、落ち着いてくださいませ……私だったら本当に問題ありません」


 一方で、性犯罪の被害に遭いかけたエルダーナの方は冷静だった。


「ヴァン国王陛下のおかげで事なきを得ました。それよりも……これからのことを考えなくてはいけません」


「え、エルダーナ……貴女、もしかして……!」


「ええ、お姉様。その通りです」


 エルダーナが決意を込めて、微笑んだ。


「私はヴァン・アーレングス国王陛下の妾になろうと思います。彼に抱かれて子を孕み、我が国の未来のために希望を残したいと考えております」


 エルダーナはロットほど、自分の生まれた祖国を愛してはいない。

 エルダーナは生まれてから王宮から出たことはほとんどなく、王宮の内部でも、ジークオッドを始めとした一部の人間から身体を狙われていた。

 エルダーナにとって大切な人間は同腹の姉……シャーロット・ゼロスだけ。

 他の人間などどうなろうと構わないし、ゼロス王国がアーレングス王国に占領されたところで一向に構わなかった。


(でも……国のためと口にした方が、お姉様にとってはわかりやすいですよね)


「私がヴァン国王陛下の子を産めば、ゼロス王国の血縁は途絶えることはないでしょう。アーレングス王国も武力で無理にゼロス王国を滅ぼすのではなく、生まれてきた子供を使って乗っ取る形に舵を切るはずです。私達にとって、何も損はありませんわ」


 その策謀はエルダーナが考え抜いたものではなく、モアからそそのかされたことである。

 ロットもエルダーナもすでに帰る場所がない。

 ゼロス王国に戻れば……ロットは政敵によって殺害され、エルダーナは政略結婚の駒にされる。

 場合によっては、ジークオッドの玩具にされる可能性もあった。


 アーレングス王国を追い出されるわけにはいかない。

 エルダーナはモアの要求を受け入れて、ヴァンの妾になるつもりだった。


「エルダーナ、考えを改めろ! あの男の妻になったら、どんな扱いをされるかわからないのだぞ!?」


 ロットがシャーロットの肩を掴んで、ガタガタと前後に揺らす。


「そもそも、『妃』ではなく『妾』扱いなどおかしいではないか! 一国の王女である貴女の足元を見ているとしか思えない!」


「お姉様、それは私がアーレングス王国にいることは現時点では明かせないからです。落ち着いたら、改めて妃として娶ってくださると約束してくださいましたわ」


 エルダーナは懇切丁寧に、姉を説得しようとする。


「それに……ヴァン国王陛下にはジークオッドお兄様に襲われた際、助けてもらった恩があります。恩義には報いなくてはいけません」


「そんな……!」


 ロットが表情を歪めた。

 エルダーナを犠牲にすることに葛藤がないわけがない。

 だが……自分達の生殺与奪がヴァン・アーレングスに握られていることは明白。

 帰るべき祖国を無くしている二人が生き残る最善策は、ヴァンに抱かれることなのだ。


「……わかった。ならば、僕も一緒だ」


「お姉様……」


「貴女だけを犠牲にしたりはしない。獣の前に身を投じるのならば、僕も共にゆこう」


 それほど迷うことなく、ロットはそう宣言したのである。

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