第71話 海賊が出ました
ヴァンが港に到着すると、そこには人だかりができていた。
商人や船乗りを中心とした多くの人間が海の方を指差しており、大声で騒いでいる。
「海賊だ! 海賊がいるぞ!」
「そんな……貿易船が襲われているじゃないか!」
「アレは『赤鬼』の連中だ……まさか、こんなに町の近くにまで来るなんて!」
港から見える沖で貿易船が襲われている。距離は港から一キロメートルほどだろうか。
船を攻撃しているのは角がついた赤いドクロのマークを掲げた海賊船……『赤鬼』の一味のようだった。
海賊は貿易船に向かって銛や油を詰めた火炎瓶を投げて攻撃している。
襲われている船までは遠いため、流石に悲鳴の声などは聞こえなかった。
「港から見える場所で襲うなんて……舐めやがって!」
「俺達が何もできねえと思ってるんだ! さっさと船を出せ。助けるぞ!」
「急げ! 早くしないと船が沈められるぞ!」
海の男達が口々に言って、船を出そうとしている。
港の警備をしている海兵も船の準備をしており、海賊に襲われている貿易船を救出しようとしていた。
「…………」
「どうしましょうか、ヴァン国王陛下」
港にやってきたヴァンに配下の騎士が話しかけてくる。
眉目秀麗な若い騎士だった。名前はレイクスといって、年齢は二十歳であったがすでに中隊長にまで上り詰めている優秀な人物だ。
いつもの副官であるユーステスではなくレイクスが補佐をしているのは、ユーステスが王都で軍事の仕事を担っていて動けないからである。
「放っておいても、町の海兵達がどうにかしそうですが……間に合わない可能性もあります」
「…………」
問われたヴァンは無言。
軽く港を見回して……船を停泊する際に使用する
「アレで良い」
「は……?」
ヴァンの言葉に、レイクスが首を傾げる。
どういう意味だろうか……不思議に思っていると、ヴァンが港に置かれた錨のところまで歩いていく。
本来であれば船に繋いで、停泊時に海底に沈める物だったが……現在は船に繋がれておらず外されている。
ヴァンは錨についたチェーンを掴んで……何を思ったのか、グルグルと回し始めた。
「ちょ……何をしてるんですか!?」
「近づくな、危ない」
慌てるレイクスに、ヴァンが短く忠告した。
ヴァンは全身を回転させて、まるでハンマー投げでもするかのように金属製の錨を振り回す。
グルグルと、グルグルと……どんどん回転速度が増していった。
「ま、まさか……!」
レイクスがヴァンの意図を悟って、大きく両目を見開いた。
まさか、あり得ない……そう思ったが、あり得ないはずの光景がすぐに実現する。
「フンッ!」
ヴァンが掴んでいたチェーンを手放した。
特大の放物線を描いて、錨が青空に吸い込まれていく。
「そんな……」
レイクスがあまりの光景に言葉を失った。
その錨は目測ではあるが二十キロはあるだろう。
それをいとも簡単に投げて……おまけに、千メートルはあろう距離を飛んでいく。
「あ……」
飛んでいった錨が海賊船に命中した。
投擲と重力の勢いに重量を掛け合わせた一撃が海賊船のマストを折り、デッキから船底までを貫通する。
襲っていたはずなのに、一方的に攻撃していたはずなのに……予想外の方向からの攻撃になすすべもなかった。
「「「「「ウギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」」」」」
海賊船から断末魔が上がって……そのまま、ガラガラと崩れて海の中に沈んでいった。
「ええ……そんなあ……」
「海賊の生き残りを捕らえろ。尋問しろ」
呆然としているレイクスに指示を出して、ヴァンは満足そうに頷いた。
「ええ……」
「嘘だろう……?」
あまりの出来事に港にいた海の男達も唖然とした顔をしており、ヴァンの方に視線を向けていたのである。
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