第70話 海賊について話を聞きます
滞在先の屋敷は町の中心にあった。
代官の屋敷のすぐ近くにあり、高い塀で四方を囲まれている。
屋敷は大きく、庭に天幕を張れば率いてきた兵士達も十分に滞在できるだろう。
「こちらになります。国王陛下の屋敷としましては少々、手狭ですが……」
「構わん」
代官のへりくだった言葉に、ヴァンは短く答える。
高貴な育ちというわけでもないため、屋敷なんて何でもいい。
ヴァンにしてみれば……別に野宿でも構わないと、一国の王にあるまじきことを思っていたくらいである。
「状況を教えてくれ」
応接間に通されたヴァンは茶が運ばれてくるのを待つことなく、早速、話を切り出した。
「海賊が出ると聞いたが?」
「あ……はい……」
代官が恐縮しきった様子で額の汗を拭きながら、説明を始める。
「えっとですね……現在、近海にいくつかの海賊が現れて、被害が出ています」
「いくつか……一つではないのか?」
「旗印を見る限り、その通りです。新興国なので狙いやすいと思われているのか、先代国王……ではなく、処刑された暴君の圧政が終わって、自由貿易が拡大したためか。理由はいくつかあると思います。もしかすると、私掠船も混じっているかもしれません」
私掠船というのは、国に従属して敵対国から略奪をする海賊のことである。
モアが懸念していたように……アーレングス王国の拡大を面白く思っていない敵国が、海賊行為を働いているのかもしれない。
「いくつかいる海賊団の中でも、特に被害が大きいのは次の三つの連中ですね」
代官がいそいそと丸めた紙を取り出して、ヴァンの前に並べる。
羊皮紙や木簡ではなく、最近になって開発された植物を材料とする紙だった。
「まずはこの赤いドクロマークの海賊……『赤鬼』と名乗っている海賊です」
紙に描かれているのは赤いドクロ。左右の額には湾曲した悪魔のような角が生えている。
「彼らがもっとも人数が大きく、被害も大きいですね。船は最低でも五隻以上。襲われた貿易船がいくつも沈められており、乗組員はことごとく殺されるか攫われています」
海賊に攫われた人間の末路は明るくない。
慰み物にされてしまうか、奴隷として売り飛ばされるかである。
「二つ目は闘牛のエンブレムを掲げた海賊……『ガドナ水軍』と名乗っている者達」
続いて、黒い闘牛のような紋章が差し出される。
「彼らは『赤鬼』ほど非道ではありませんね。大人しく積み荷を差し出せば命までは取らないので。ただし、船長や若い女性を攫っていって、身代金を要求することはあるようです。死者は少なくとも被害は軽微ではありません」
「…………」
ヴァンは腕を組み、厳めしい表情で何かを考えこんでいる。
実際には考えているように見えるだけで、「情報が多いなあ。そんなに覚えきれないよー」などと現実逃避しているのだが。
「三つめが剣のエンブレムを掲げた海賊……『ドラコ・オマリ』と名乗っている女海賊をリーダーとする者達です。彼らは比較的穏健で、船を拿捕しても通行料を支払えば解放してくれます。おまけに、追加料金を出せば目的地の近くまで他の海賊から護衛してくれるとか」
「良い奴、ということか?」
「いやあ、所詮は海賊ですよ。我が物顔で通行料金を取っているのですから、やはり同じ穴のアナグマという奴でしょう」
代官が苦笑する。
そこでようやく、メイドが紅茶を運んできた。
ヴァンの前にティーカップと焼き菓子の皿が並べられる。
「他にも小規模な海賊はいるようですが……厄介なのはこの三つですね。我が町も海軍は有しているのですが、町と港の防衛を優先させているため、海賊を捕らえることはできていません。貿易船の中には護衛を雇って自力で撃退をしている者達もいるようですが……全ての貿易船がそうはいかないようですね」
護衛を増やせば、それだけ輸送にかかるコストが増えてしまう。
あまりリスクが高いようなら、アーレングス王国との交易を考え直すこともあり得るだろう。
早急に解決する必要があった。
「代官様、大変です!」
そうして話をしていたら、部屋に慌てた様子の使用人が飛び込んできた。
国王がいるというのに無礼にも入ってきた使用人に、代官が慌てて声を上げる。
「お、おい! 来客中だぞ!」
「申し訳ございません……ですが、港の近海に海賊が出ました。船が襲われています!」
「な、何だとお!?」
報告を受けた代官が慌てて叫び、アワアワとする。
かつては商人をしていたこの代官は、町の管理者としては優秀な男だと聞いていた。
しかし、緊急時にはあまり役に立たないようだ。武人としての才覚はないらしい。
「いくぞ」
ヴァンがすぐに立ち上がって、部下を伴って部屋から出た。
対応に慌てている代官を無視して……港に向かっていったのである。
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