妹ちゃんは転生者 中編
三男のお兄様……ヴァン・アーレングスは両親や他の兄達から、あまり評価が良くありません。
その理由は兄が人よりも優柔不断で、さらに魔法を使うことができないからです。
お兄様は人よりも決断するのが遅いのです。
正解にたどり着くまで時間がかかり、答えを出してからもそれが本当に正しいのかウジウジと考え込んでしまう……そういうタイプなのです。
おかげで、両親からはのんびりした子だと言われ、上の兄達からは愚鈍であると蔑まれていました。
魔法を使うことができないのも問題でした。
この世界の人間は多少なりとも魔力があり、火を着けたり水を出したりできるのだが……お兄様はそれが一切できなかったのです。
そのせいで家族からさらに馬鹿にされることになり、お兄様には薪割りや荷物運びなど、さまざまな雑用が押しつけられることになりました。
だけど……私は家族の中で、お兄様のことを誰よりも評価していました。
お兄様が優柔不断だったのは、誰よりも優しいからです。
自分の決断によって、行動によって、誰かを傷つけてしまうことを恐れているから、必要以上に慎重になってしまうだけなのです。
私に対しても紳士的で、面倒見も良く、両親よりもお兄様に育ててもらったとすら思っています。
まったく……世の中には見る目のない人間が多くて困ります。
魔法が使えないことにしても、別に欠点だとは思いません。
そもそも、専門的な魔法使いならばまだしも……この村の人間や没落貴族に使えるような魔法はたかが知れています。
マッチのような火を出せたり、コップ一杯にも満たない水が出せたりするだけの魔法が使えて、どれだけ偉いというのでしょうか。
むしろ……お兄様は魔法が使えない代わりに、身体能力がずば抜けています。
大人がようやく持ち上げられる荷物を片手で軽々と持ち、手刀で大木を両断することができます。
山を駆ければクマを追い越すようなスピードを出すことができ、そのままクマを倒して持って帰ってくるほどです。
これはアレですよ。間違いなく。
魔法が使えないことを代償として、人並み外れた腕力を与えられているマンガのキャラクターのやつなのでしょう。
「妹ちゃん、どうしよう?」
「妹ちゃん、何からやれば良いのかな?」
「妹ちゃん、この問題の答えはわかるかな?」
そんなお兄様であったが……事あるごとに私のことを頼ってきた。
私は前世からの積み重ねがあって他の兄弟よりも賢くて、お兄様のことを邪険にしなかったからです。
私もまた、お兄様の力を積極的に利用していました。
お兄様は決断力こそなかったが、肉体的な能力はとんでもなく優秀です。
私が代わりに決断してあげることで、欠点を補って十分に力を発揮できるように条件付けをしてあげました。
私の言うことはいつも正しい……そう思うように、お兄様を誘導したのです。
正直、この頃の私はちょっと調子に乗っていたと思います。
お兄様を自在に操って、猛獣使いにでもなった気分でいました。
お兄様の力は自分の力だと妄信して、舐めていたような気がします。
しかし……すぐにそのツケを支払う時がやってきました。
お兄様にアレコレと口では語れないことをされてしまったのです。
その事件は私とお兄様が成人してしばらくの頃に起こりました。
当時、私は収入源の獲得のために色々と試行錯誤をしていました。
長男は相変わらず、貴族ムーヴの誇大妄想を吐くばかりで大した収入はありません。
次男は婦女子の尻を追いかけた結果として村の女性を妊娠させてしまい、婿入りしています。
お兄様は村の用心棒やら狩人やらをしており、生活に困らない程度の収入はあるのだが……日本という豊かな国で生きてきた記憶があるせいで、私はいま一つ生活が物足りなく感じています。
そのため、収入拡大を目指して、前世の知識を生かしたいくつかの産業に着手していました。
「妹ちゃん、それは何かな?」
「兄さん、これは蜂蜜酒ですよ。ようやく上手く作れたんです」
この地方ではブドウなどの果物は生産していないため、果実酒は作れません。
小麦などを使うエールも作れない。設備がないし、小麦は貴重な食糧のため無駄遣いする許可が出なかったのです。
蜂蜜酒は素人でもわりと簡単に作れる。蜂蜜を水で薄めて発酵させるだけで良いからです。
もちろん、一定の度数以上の酒を製造することは日本では禁止されていたが……この国にそんなルールはありません。
濃度を変えたり、酵母を加えたり、試行錯誤を繰り返したことで、ようやくまともな酒を造ることに成功したのです。
「二人で試飲してみましょう。上手くできていたら、行商人さんに売るのです」
「うん、僕ってお酒飲むの初めてだよ。本当に美味しいのかな?」
私達が完成したばかりの蜂蜜酒を試飲したのは、村はずれにある小屋。
二人だけの秘密基地として使っている場所です。
そこで酒を飲んだ私だったが……そこで初めて、お兄様の隠れた一面について知ることになったのです。
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