第68話 新章開幕だよ
南の大森林の征伐が終わって、アーレングス王国の領地は大きく拡大した。
襲撃によって命を落とした村人は少なくないが、それでも……短期間で問題を片付いたヴァン・アーレングスはやはり稀代の英雄である。
建国から一年足らずで国土を倍近くまで広げたヴァンに、国民達からは称賛の声が浴びせられる。
「流石は国王陛下じゃ! 素晴らしいのう!」
「まさしく英雄ですね。私達はなんて素晴らしい国に住んでいるのかしら!」
「ヴァン陛下が出陣された戦では一度として、負けはないそうだぞ? まさに軍神の化身だよ!」
称賛されているのは軍事的な功績だけではない。
内政面でもまた、人々から褒め称えられていた。
「そういえば、最近は鉄製品が安くなったよな」
「鉄製の農具とか、昔はとても高かったですよね」
「鉄だけじゃなくて塩もだよ。生活が楽になったよな」
南の大森林から発見された鉄鉱石の鉱脈、そして岩塩はアーレングス王国に恵みをもたらした。
調査中ではあるが……鉄や塩の他にも銀や宝石も眠っているのではないかと考えられており、それらが見つかればまた新たな産業につながるだろう。
「村を焼いた獣人は許せないけど……彼らも好きでやったわけじゃないみたいだし、あまり恨まないようにしなくちゃな」
「新しいお妃様も獣人らしいからね。差別したらダメよ」
ヴァンが……というよりも、裏にいるモアが行った情報操作により、獣人による襲撃の原因はガラムという暴君であると話が広まっている。
暴君に無理やりに従えられた獣人達が泣く泣く、アーレングス王国に攻め入ってきた。そんなふうに真実が歪められていた。
直接、獣人によって被害を受けてしまった者達は別であるが……無関係な民の多くは暴君に虐げられていた獣人に対して同情的である。
この国の民もかつて暴君による圧政を受けていたこともあり、同じ境遇の獣人達を人事だと思えなかったのだ。
完全な融和にはまだまだ時間がかかるだろう。
差別感情はあるし、同じ場所で生活させるのはまだ早い。
それでも……南の大森林の異民族達がアーレングス王国の一員として迎えられることになったのである。
○ ○ ○
「妹ちゃん、海賊だよ! 海賊が出たんだって!」
だが……一難去ってまた一難。
大森林の平定が終わってから半年が経った頃、新たな問題が発生した。
「はい、聞いておりますわ。お兄様」
執務室に駆け込んできた兄に、モアは書類仕事をしながら穏やかな口調で答える。
「西の海ですよね? 最近、海賊の活動が活発になっていて被害が出ているとか」
アーレングス王国は西側が海と面しており、大陸南北の国や海の向こうの国との間で交易が行われていた。
しかし……最近になって、交易船が襲われるという事件が増えていたのだ。
「調査をしたところ、他所の大陸から流れてきた海賊団が近隣の島を根城にしているようですね。大森林から取れる資源を元に産業が拡大、貿易量が増えたところでやられてしまいました」
「運が悪かったってこと?」
「あるいは……どこかの国の意図があるのかもしれませんね」
モアは前世の記憶を思い起こす。
大航海時代、『私掠船』というものが存在していた。
特定の国に所属している海賊団であり、敵対している国の船から略奪を働くことを条件に大きな特権を与えられていた者達だ。
「我が国の隆盛を快く思っていない他国が海賊に扮して、略奪を働いているのかもしれません」
「フウン……よくわからないけど、海賊だったら倒しちゃって良いのかな?」
ヴァンが首を傾げる。
モアが提案するよりも先に、思っていた通りの言葉を口にしてくれた。
「そういうところですよ……私がお兄様を大好きなのは」
「うん? 僕も大好きだよ」
「それじゃあ、海賊の対処はお兄様にお任せします。王都のことは私にお任せくださいな」
「うん、よろしく頼むよ!」
ヴァンが力強く、胸を叩いた。
一難去ってまた一難。
南の大森林の戦いが終わったかと思えば、今度は西の海に戦いの舞台を移った。
「あ……」
しかし、兄が執務室から出ていってから、モアがふと思い出す。
とても重要なことを思い出してしまったのだ。
「お兄様って……カナヅチだったような……?」
その疑問は誰の耳にも届くことなく、虚空に溶けて消えていったのであった。
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