第75話 海賊のアジトに向かいます
時間はわずかに遡る。
ヴァン・アーレングスはアクエリアの町で海軍の船を借りて、乗り込んだ。
向かうのはルーガが目撃したという海賊の根城。アクエリアからそれほど離れてもいない小島だった。
灯台下暗し。予想以上に近くにいたようである。
「どうして、こんな近くにある島に海賊がいると気づかなかったんだ?」
「船乗りの話によりますと……この小島の周囲は常に波が荒く、船が近づけないことで知られているそうです。最初から捜索の選択肢からも外れていたようですね」
ヴァンの疑問に副官であるレイクスが答えた。
「あの島の話を出すと、船乗り達は皆口をそろえたように言っておりました。決して近づくなと。海流に巻き込まれ、岩礁に打たれて沈没するぞと」
「なるほど……確かに、徐々に波が荒くなってきたな」
すでに視線の先に目的の小島が見えていたが……近づくにつれて波が荒くなっており、船が左右に激しく揺れる。
「ダメです! 近づけません!」
舵を切っていた海兵の男が叫ぶ。
「これ以上、近づけば舵が聞かなくなってしまいます!」
「ヴァン陛下……どういたしましょうか」
「海賊はどうやって、この波を乗り越えているのだ?」
ヴァンがしかめっ面でつぶやくと、レイクスも周りの船乗りもそろって首を傾げる。
「それは……何故でしょう」
「本当にあの小島にいるのかあ? 見間違いじゃあないですかねえ」
「……どちらにしても、調べないわけにはいかないか」
ヴァンがスタスタと船の舳先に向かって歩いていく。
「お前達は波に巻き込まれないように待て」
「待てって……へ、陛下!?」
「よっ……!」
何を思ったのだろう。
ヴァンが船の舳先から海に飛び降りた。
「ヴァン国王陛下!?」
「ちょ……何やってるんですか!?」
レイクスと海兵が慌てて駆け寄る。
海に落ちた国王を引き上げなくては……そう思って必死になるが、その必要はなかった。
「ム……!」
ヴァンは海に沈んでいなかった。浮いていた。
否、浮いているわけではない。海の上を物凄い勢いで走っていた。
「は、走ってるうううっ!? 海の上をおおおおおおっ!?」
レイクスが驚きの声を上げる。
いったい、自分は何を見ているというのだろう。
「俺は泳げない。金槌だ」
海上を走りながら、ヴァンがつぶやいた。
「いくら川や湖で練習しても、浮けるようにならなかった……だから、発想を変えることにした」
水に沈んでしまうのなら、沈まないように走れば良いではないか。
右足が沈む前に左足を出し、左足が沈む前に右足を出す。
それを繰り返していれば、川だろうと海だろうと沈むことはない。
「波が強いな……裸足の方が走りやすかったかな?」
海の上を猛スピードで駆けながら、ヴァンが見当違いなことを口にする。
靴だろうと裸足だろうと、普通は海を走ることはできないのだが……そんな常識はこの男に通用しないようである。
「ム……?」
「シャアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
海を走っていると、突如として大きな影が飛びついてきた。
それは大型の鮫である。鋭い牙が生えそろった口を開いて、ヴァンに向かって噛みついてくる。
「なるほど」
ヴァンが頷いて、海の上で跳躍する。
鮫の牙を華麗に回避して……そのまま、鮫の胴体を蹴りつけた。
「シャッ……!」
鮫が放物線を描いて吹っ飛ばされ、そのまま浜に打ち上げられる。
ヴァンは空中で三回転をして海に落下。再び走り出した。
「海には魚がいるんだったな……忘れていた」
せっかく、大きな魚が獲れたのだ。
全て終わったら、みんなで美味しくいただくとしよう。
「魚が傷む前に片付けないとな……」
ヴァンはこれまた見当違いなことをつぶやきながら、小島に上陸した。
大海賊ボッドマン・ギーグと『赤鬼』の一味。
彼らの終焉の時は、すぐ目の前まで近づいてきていた。
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