第77話 飛べば良かろう

 小島を呑み込まんと大波が迫ってくる。

 十メートルの高さを超える大波。流石にアレの上を走っていくことは不可能だろう。

 このままでは、小島ごと海に沈められてしまう。金槌のヴァンには致命的である。


「困ったな……どうしようか」


「王者、王者!」


「ルーガ」


 ヴァンが悩んでいると……空からパタパタと翼を動かして、鳥獣人のルーガが舞い降りてきた。

 昨晩、これでもかと身体を堪能したことにより、代官の屋敷でグッタリと果てていたので置いてきたはずなのだが。


「治ったから来たぞ! 王者を助けるぞ!」


「ああ、それは助かるな」


 流石は体力が有り余っている獣人である。

 半日休んで回復したので、飛んでヴァンを追いかけてきたのだろう。


「それじゃあ、抱えて飛んでくれ」


「わかったぞ!」


 ルーガがヴァンの背中側に回り、脇の下に手を入れて翼を力強く上下させた。

 風が舞い、砂煙が地面から上がった。


「うおおおおおおおおおおおおおぅ!」


「…………」


 ヴァンの足が浮かぶ。

 地面から十センチほどだけだったが。

 いくら待っても、それ以上の高度には上がらなかった。


「ルーガ……これだと、たぶん逃げられない」


「ハア、ハア……ルーガにはこれが限界だぞ。王者が重すぎるっ!」


「そうか……」


 小柄なルーガにヴァンを持ち上げるのは無理があったらしい。

 ヴァンは諦めて首を横に振って、別の方法を思案する。


「このままだと、波に呑み込まれる。泳げないから怖いな……」


 泳げたとしても、あの大波はどうにもならないだろう。

 ヴァンは少しだけ考えてから、近くに生えていた木の一本に目を付けた。


「……これで良いか」


 ヴァンが木に近づいて、幹に手をかける。


「フンッ……!」


 そして……力を入れて、持ち上げた。

 メキメキと音を立てながら、地面から根っこごと引っこ抜いた。


「王者、それをどうするんだ」


「投げる」


 ヴァンが短く答えた。

 太い幹をよっこらせと肩の上まで持ち上げて、空に向かって思いきり投げつける。

 凄まじい膂力によって放たれた大木が大空に向かって吸い込まれていく。


「よっと」


 そして……ヴァンもまた思いっきり跳躍して、飛んでいく木に飛び乗った。


「ルーガ、行くぞ」


 飛んでいく木が津波を飛び越えて、大きな放物線を描いている。

 その隣を慌てた様子でルーガが飛んでついてきた。

 ヴァンはそのまま木の幹の上に立って、島が呑み込まれていくのを見下ろす。


「あのままいたら、危なかったな……」


「王者、すごいぞ! 王者!」


「……ああ、しまった。せっかく獲った鮫を忘れてしまったな」


 みんなで食べようと思っていたのに……今日はすでに魚の口になってしまった。

 鮫とは言わないものの……できれば、夕食は魚介が食べたいものである。


「王者! 王者!」


「どうした、ルーガ?」


「そっちじゃないぞ! 方向が全然違うか!」


「ム……?」


 ヴァンが振り返った。

 すると……後ろ側。大波に沈んでいった小島の向こうに、ヴァンが乗ってきた船が見えた。

 船が巻き込まれていないのは良かったが……後ろにそれがあるということは、つまりはヴァン達は逆方向に飛んでいるということである。


「…………」


「このまま飛んでいっても良いのか、王者?」


「…………ダメかもしれない」


 ヴァンが困った表情でつぶやく。

 やがて船が見えなくなってしまった。

 このままでは、船に戻って港に戻ることが不可能になる。

 この広い海をさまよって、漂流することになってしまうだろう。

 ヴァンが乗っている木は最高到達点に達してから、そのまま緩やかに高度を下げていき……。


「あ」


「あ!」


 そして……見知らぬ船に激突した。

 バキボキと音を鳴らしてマストを粉砕させ、そのまま船底まで貫いた。


「「「「「ウワアアアアアアアアアアアアアッ!?」」」」」


 船員の悲鳴が海に響き渡り……一撃で大型船を沈没させたのである。

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