114 ヤミ、シルバとともに立ち上がる!
「おい、見ろ! あれってアマンダじゃねーのか?」
騎士の一人が上空を指さしながら叫ぶ。他の騎士たちも視線を向けると、宙に浮かんでいるシスター服の女性の存在にすぐさま気づく。
「ホントだ……アイツ、脱獄したって聞いてたのに……」
「いつの間に戻ってきやがった?」
「なんか怪しいぞ。もしかしてこの騒ぎ――」
「アイツの仕業かもだな」
「おい、アマンダ! テメェ、こっちに下りて説明しやがれえぇーっ!」
ざわめきの中、騎士の一人が威勢よく叫ぶ。しかしアマンダからすれば、うるさい声でしかなかったのだろう。
心から忌々しそうな表情とともに軽く手を挙げ、それをスッと地上に向ける。
撃て――と合図するかのように。
「ガアァッ!」
一匹の黒竜が火炎弾を放つのだった。
「ぐわああぁぁっ!」
ずどおぉん――と凄まじい爆発音とともに、何人もの騎士たちが吹き飛ばされる。命こそ奪われてはいないが、大きな衝撃は避けられなかった。
「余計なことを言うな! 相手を刺激しても意味はないぞ!」
ベルンハルトがすかさず動き出し、剣を抜きながら部下たちに檄を飛ばす。アカリから離れる形となったが、すかさず双子たちが寄り添い、母親を守るという役割を果たそうとする。
それはヤミからの指示でもあるのだった。
「――さーて、あたしたちもそろそろ動くとしようか」
「くきゅ?」
シルバは双子たちではなく、ヤミとともにいた。当初はレイが預かろうと声をかけたのだが、それをヤミが断ったのだ。
今回ばかりは、この子もあたしの傍で――そう告げる形で。
「アマンダさんも完全に余裕ぶっこいてるよねぇ……」
改めて見上げてみると、アマンダは勝ち誇った笑みを浮かべていた。
囚われているヒカリとノワールを通り越した更なる上から、大聖堂の広場全体を見下ろしている。おもむろに周囲を飛ぶ黒竜に合図を送り、火炎弾による攻撃を仕掛けさせては愉快そうに笑っている。
まさに高みの見物。
この状況を楽しんでいる――否、遊んでいると言うべきだろうか。
自分の勝利を確信しているが故の余裕だ。
もっともそれは現時点での話。それが結果次第でいくらでも言葉が変わることを、今の彼女は疑いすらしていないだろう。
「だからこそチャンスなんだけど……問題はどうやってあそこまで行くかだね」
「くきゅー」
ヤミは空を飛べない。それが現在における最大のネックだった。いくら魔力で身体強化したところで、浮かぶことはできないのだ。
「ラマントは眠らされてるし、他の黒竜たちは軒並み暴走している状態……シルバがもーちょっと大きければ良かったんだけど……」
「くきゅきゅー……」
「あぁ、ごめんごめん。それは言いっこナシだよね」
ヤミは慌ててシルバを宥める。流石に失言だったと反省しつつも、この状況をどう打開するべきか考えるが、名案は浮かんでこない。
打つ手なしか――本格的にそう思い始めた時だった。
――だいじょーぶだよ!
妙に聞き覚えのある可愛らしい少女の声が、ヤミの耳に入ってきた。ヤミが目を見開きながら周囲を探ると、確かに『そこ』にいたのだった。
――わたしが力を貸すよ! おねえちゃん!
いつの間にそこにいたのか。双子たちと同じくらいの姿をした『少女』が、ヤミの隣にいた。
「くきゅー?」
シルバもその少女に視線を合わせ、首を傾げている。どうやら普通に見えているようではあるが、何故か周りは――それこそアカリや双子たちは、まるで少女の存在に気づいていない様子であった。
(……見えてない? いや……あたしたちにだけ見えてるってこと?)
ヤミの中でたどり着いた結論だった。理屈は完全に不明でしかないが、今はそんなことはどうでもいい。それよりも気になることがある。
――力を? どういうこと?
――そのままの意味だよ。聖なる魔力に認められたおねえちゃんならできる!
――なんかよく分かんないけど、この状況を変えられるんだね?
――おねえちゃん次第でね。ちなみに内容はこうだよ。
少女は軽くそれを話す。ヤミは目を見開いたが、その表情は次第に『面白い』と言わんばかりの笑みへと切り替わる。
――いいねぇ、それ! 今すぐお願い!
――あいまむっ♪
少女が明るい声とともに敬礼すると同時に、少女とヤミとの間で白い光のオーラが漂い始める。暖かい感触を味わいつつ、ヤミはシルバに視線を向ける。
「シルバ」
「くきゅ?」
「あたしと一緒にヒカリと、ううん――『パパ』とノワールを助けに行こう!」
「――くきゅっ!」
一瞬だけ呆けた表情を見せたシルバは、すぐさま表情を引き締め頷く。それと同時に光のオーラが、ヤミとシルバを優しく包み込んでゆく。
周りにいる誰もが、それに気づいていなかった。
ずっと見降ろしているアマンダでさえも、その様子を完全にスルーしており、楽しそうに笑っているだけだった。どんな理屈の上で成り立っているのか――それが分かる者は、一人としてこの場にはいない。
そして――
「えっ?」
ここでレイがようやく気付いた。ヤミのいる場所が光っていることに。そしてその光は膨れ上がり、ここでようやく場の皆がそれに気づいた。
「ね、姉さん?」
「なにこれ? どーなってるの?」
光輝いていて分かりにくいが――双子たちは確かに見えた。シルバの小さな体が、姉と一つになる瞬間を。
やがて眩い光が収まると、そこにシルバの姿はなく、ヤミだけが立っていた。
それも――
「お、おねえ……ちゃん?」
「なに……そ、その、見た目……」
レイとラスターが呆然とするのも無理はない。これまで見てきた魔力強化とは何もかもが違う。
ヤミの体が銀色に輝いていた。
オーラで包み込まれるとかではなく、髪の毛から足のつま先まで、全てが神々しいとすら言える銀色に。
その姿を目撃した者は、皆揃って言葉を失っている。
そしてそんな状態となっているヤミ本人は、目を閉じながら笑っていた。
――シルバ、聞こえる?
――くきゅっ!
――うん。大丈夫みたいね。
周りの様子など気にも留めず、ただその『状態』を確認した。二つの違う存在が混ざり合い、一つとなったことに違和感もない。
ヒカリとノワールを助け出す――それ以外に考える必要は何もない。
「さぁ……いくよっ!」
ヤミは目を開け、思いっきり飛び上がる。そしてそのまま滑り出すように、宙を舞い始めた。
旋回していた黒竜たちもそれに気づく。
応戦するべく口から高温の火炎弾を繰り出そうとしたが――
「――ふっ!」
ずがあぁん、と鈍い音が炸裂する。ヤミが一匹の黒竜を殴り飛ばしたのだ。
炎を吐き出す前に、目にも止まらぬ速さで動く。それに周りが気づいた時は、既に何匹もの黒竜が殴り飛ばされ、次々と地面に落とされていた。
ヤミは止まらない。
黒竜たちも負けじとやり返そうとするが、迫りくるヤミの眼力に怯み、その隙を突かれて殴り落されてしまう。
もはや完全に、ヤミの無双状態となっていた。
そしてそれを見ていた『彼女』もまた、黙っているはずがなかった。
「なっ、何をしているのですか! 早くあの野蛮人を倒しなさい!」
アマンダが必死に叫ぶ。しかし黒竜たちの動きは鈍い。
分かっているのだ。もう手も足も出ない。成す術などないということが。あれほど我を忘れて暴れていた黒竜たちは、すっかり恐怖に塗り替えられ、立ち向かうどころか逃げ出そうとする姿勢すら見せている。
そんな黒竜たちなど、もはや頼りにならないことは明白だった。
「く、来るなあぁっ!」
恐怖を必死に押し殺しながら、アマンダが紫の魔力の塊を投げる。完全なる苦し紛れでしかないそれは、あっさりとヤミの手によって弾き落とされてしまう。
アマンダの表情が絶望と恐怖に染まる。
こんなはずじゃなかった。黒竜たちを支配すれば、この戦いは自分の絶対的な勝利で終わっていた。それを一気にひっくり返されてしまっている。
あり得ない。あってはいけない。だって相手は――
「来るな! 生意気ですよ! 野蛮人のくせに!」
「野蛮人じゃないよ」
再び苦し紛れに放たれた複数の魔弾を、まるで空の中を泳ぐように素早い身のこなしで躱していく。
そして――
「大切な『家族』を助けるためなら命も懸ける――ただのお姉ちゃんさ!」
アマンダの前に躍り出ると同時に、彼女の顔を思いっきり殴り飛ばしたのだった。
「がはぁっ!」
アマンダもまた、魔力の制御を失って落ちてゆく。しかしヤミはもう、彼女のことなど興味の欠片もなかった。
この戦いで一番にすべきことが、まだ残っているからだ。
――おねえちゃん。あれは強力な拘束魔法だよ!
そんな声が傍から聞こえてきた。
「ふーん。だったら全然だいじょーぶだね!」
ヤミはニヤリと笑い、囚われているヒカリに手を伸ばす。
「たかが強力な拘束魔法程度で……このあたしが止められると思ったか!」
ばきぃん――手が触れた瞬間、そんな鈍い音が響き渡った。
空中に浮いていたヒカリが、制御を失って落下する。それをすかさずヤミは、両手で抱きかかえるようにして確保したのだった。
俗にいう、お姫様抱っこという形で。
「……よーし。ヒカリもノワールも、なんとか無事みたいだね♪」
未だ気を失っている弟分と小さな黒い竜を、ヤミは愛おしそうな目で見つめる。その姿を、光の少女は無言のまま、微笑ましそうに見守っていたのだった。
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