102 その頃のアマンダ
「――大聖堂の連中、ようやくお前さんが消えたことに気づいたらしいぞ」
薄暗い一室に戻ってきた『彼』が、入ってくるなりそう告げた。
「真夜中だっていうのに、てんやわんやしてやがったよ」
「むしろまだ気づいてなかったんですね。案外のんびりしてますこと」
肩をすくめてみせるアマンダ。心から驚いている様子もなく、その姿は至って自然体そのものであった。
「何だ? 随分と淡白な反応をしてくるな?」
「つまらない情報を聞けば、誰だってこうなりますよ」
「そんなにか?」
「えぇ。そんなにです」
どこまでも冷静に、淡々と言い放つアマンダの様子を見た彼もまた、どこかつまらなさそうに肩をすくめた。
そして彼もまた、空いたテーブル席に座る。
「ある意味、お前らしいかもしれんな」
「そんなことよりもヒマでヒマで仕方ないですね。身体が鈍ってしまいますわ」
「鈍るほど普段から動いてるようにも見えんが?」
「シスターを甘く見過ぎです。私のような見習いは基本、そこら辺の小間使いと変わらないくらいですから」
「なるほど。てっきり神への祈りを捧げてるだけかと思ってた」
「失礼ですね」
「悪い」
感情の込められていない会話が続く。楽しさは勿論のこと、怒りも悲しみも、暇つぶしという言葉さえも当てはまらない淡々としたそのやりとりは、変な意味で無限に続けられそうな気もしてくる。
そこには二人の関係性すら感じさせない。
互いが互いに対して、心からなんとも思っていない。だからこそ受け答えも自然とできてしまう。なんとも不思議としか言えないのが今の二人であった。
「――ちなみに仕込みの効果も出ている」
独り言のように呟いた彼に、アマンダが視線だけを向けた。
「それで?」
「少しばかり予想外のことが起きてはいるが、我々の計画に支障はない」
「なら問題はなさそうね」
「ここまではな」
それを聞いたアマンダは、顔を動かして彼を見る。それだけ今の言い回しが、少しばかり気になったのだ。
「ここまで『は』……つまりここから先は不完全だと?」
「察しが良くて助かる」
フッと笑う彼の表情を見てしまい、アマンダの中に苛立ちが募る。しかし今は、それを気にしている場合ではない。
「では、どうすれば不完全が完全になるんです?」
「大したことではない。あとは起爆剤さえ発動できれば、全てが動き出す」
「ならばそれをさっさと行うべきでは?」
「しかしまだ、肝心のうってつけな存在がいなくてな」
「……は?」
思わず間抜けな声を出してしまうアマンダ。しかし彼はそれに構うことなく、椅子に座ったまま空を仰いだ。
「外部からコントロールして起爆させるのはまず不可能。内部に入って仕掛けるのが一番いいのだが、それに適合しそうなのが見つからなくて困ってる」
「……それは遠回しに、私に行けと言ってますか?」
「言ってなくもないが少し意味が違う」
「じゃあ、その意味をさっさと分かりやすく話してくださいな。あと行けというなら率直に言えばよろしいかと。別に拒否はしませんから」
「ん? そうなのか?」
「計画を実行して成功できるのであれば、なんでもする所存ではありますからね」
「それは心強い」
ニヤリと笑う彼だったが、今回はアマンダの中に苛立ちは募らない。もう慣れてしまったのか、それとも相手にする気はないと割り切っているのか――それは彼女自身にも分からないことであったし、それこそ分かる気もないことであった。
「大聖堂には聖なる魔法関連以外にもう一つ、決定的な特徴がある」
「相変わらず勿体ぶった言い方ですね。それは何です?」
「――魔族に対する見方だ」
その瞬間、アマンダの目が軽く見開かれた。無論、彼のほうもその反応を見逃しておらず、ニヤリと笑っている。
「大聖堂は全体を通して、魔族に対して否定的な意見を持つ者が多い。それはお前のほうがよく知っていることだとは思うが」
「えぇ。十三年前、聖女様が魔界の魔族に連れ去られた事件のせいですね」
「ちなみに先日、とある魔族の少年が転移魔法に巻き込まれ、幸か不幸か大聖堂の裏庭に現れた」
「……なんですって?」
その情報はまだ耳にしていなかったため、アマンダは思わず立ち上がる。狙いどおりの反応だと思いながら、彼は目を閉じてフッと小さく笑う。
「もっともその魔族の少年自体は、取り立てて大きな力を持ってるわけでもないただの子供。少し調べれば、恐れるに足りない存在だと分かる話だ」
「たとえそうでも、大聖堂に魔族が入り込んだのは事実。由々しき事態です」
「あぁ。お前と同じ意見を発する声も多いようだぞ」
「そうでしょうね」
アマンダは誇らしげに胸を張る。魔族が大聖堂に入るなどご法度もいいところ、たとえ事故だったとしても、決して例外は認められない。
それもまた、聖女アカリを酔狂しているからこその考え方だった。
「しかしそこに待ったをかけたヤツがいる。ヤミという白髪の少女だ」
「――っ!」
故に彼が放った言葉が、彼女の心を大いにかき乱してしまう。そしてその狙いは、またしても彼の目論見どおりとなるのだった。
「あ、あの野蛮娘……やはり私がこの手で始末しなければ!」
わなわなと震えながら拳を握り締める。そんなアマンダの歪んだ表情は、まさに鬼そのものといっても過言ではない。
焚きつけた彼でさえも、よくそこまで表情を変えられるものだと、軽く引いた様子を見せていたのだが、アマンダはそれに気づくこともない。
「あくまでこちらが調べた限りではあるが、お前みたいな考えを持つ者も、少なからずあそこにはいる様子。もう俺の言いたいことは分かるだろう?」
「えぇ。よーく分かりました」
アマンダはスッと音もなく立ち上がる。
「一人……その起爆剤とやらになり得そうな子がいます」
「中途半端は逆に危険だぞ?」
「ご心配なく。その子も真面目でありつつも、割と『深い』ですから」
「そうか」
そして彼も二ッと笑みを深め、静かに立ち上がった。
「ならば決まりだな。お前にはすぐにでも動いてもらうぞ」
「――了解」
二人は部屋を後にする。置き去りにされた二つのマグカップは、もう二人がここに戻ってこないことを知る由もなかった――
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