103 マリエールと能力測定
翌日――ヤミと双子たちはヒカリを連れて、若手騎士団たちの訓練場にいた。
目的は勿論、ヒカリを紹介するためだ。
ヤミの紹介なら円滑に進む――かと思われたが、そうは問屋が卸さない。流石に魔族の少年ともなれば、騒然としてしまうのは致し方ないことだった。
「――事情は一応分かりました」
女性の若手騎士団であるキャロルが、皆を代表して答える。
「にわかには信じられませんが、作り話としてはあまりにも自然過ぎますし、恐らく本当なのでしょう」
「……そんなに信じられない要素あった?」
「魔界からこの大聖堂へ『たまたま』転移魔法で飛ばされるなんて、その時点で普通にあり得ませんからね!」
コテンと首を傾げるヤミに、キャロルが苛立ちとともにツッコミを入れる。周りの若手騎士たちも揃ってうんうんと頷いており、キャロルの意見に同意していることが見て取れる。
「まぁ、そうだよね……」
「わたしたちもあんな目にあってなければ、信じてなかったかも……」
少し離れた位置で、ラスターとレイも軽く表情を引きつらせながらも、若手騎士たちの気持ちを汲んでいた。
ここ数日であり得ない光景をたくさん見てきてしまったせいか、色々と感覚が麻痺していると言える。今までが普通じゃなかったのかと、ここにきて改めて気づいたくらいであった。
「しかもなんかドラゴンが一匹増えてるし……」
「きゅるぅ?」
項垂れるキャロルを見て、ノワールもまた首を傾げていた。純粋にどうしたんだろうと思っていることは明らかであったが、周りからすればそれもまた、普通に見ることができない光景そのものである。
「なぁ……ドラゴンの子供って、あんな簡単に懐くもんだったっけ?」
「それ以前に出会えねぇよ」
「何をどうしたらあんなふうになるってんだ?」
「ヤミさんの弟分ってだけのことはあるか」
若手騎士たちの声が聞こえてくる。ひそひそ話ほど聞こえてくるというのは、存外よくある話だ。それはヤミとヒカリも例外ではない。
「ふーむ……」
ヤミが顎に手を当てながらその様子を観察する。
「ここまで珍しがられるとは、ちょいと予想外だったかな」
「多分この反応が普通なんだよ」
「そーかねぇ?」
苦笑するヒカリに対し、ヤミはいまいち分かっていない様子であった。どこまでが普通でどこまでがそうじゃないのか、その線引きそのものを理解できていないと言ったほうが正しいだろう。
とはいえ、結局は考えるのが面倒になり、放り出してしまうのが通例だ。
そんな細かいことを気にしない性格だからこそ、色々な意味で思いっきり振り切ることができるのも確かだった。
もっともそれで、周りを大きく振り回すことも少なくはないが。
「うーん、でもどうしよう? もっとヒカリのことを丁寧に説明するべきかな?」
「むしろ余計にざわめくだけだと思うけどね」
「マジかー」
腕を組みながら空を仰ぐヤミ。それに対してヒカリも苦笑するばかりで、特別慌てている様子もない。この状況下の中でマイペースさを出せるのは、この二人だからこそと言える。それこそ何のプラスにもならないことだが。
しかしながら、場の空気がいいとは言えないのも、また確か。
ここからどうしたものかと、ヤミとヒカリが揃って悩んでいた、その時だった。
「――お話は聞かせてもらいましたっ!」
妙に気合いの入った明るい声が響き渡る。それもいきなりの発言だったため、ヤミたちは勿論のこと、若手騎士団の面々も普通に驚いており、中には思わず尻餅をついてしまう者も出たくらいだった。
しかし当の本人はそれに構うことなく、スッとヤミたちの前に出てくる。
「こうしてお会いするのは初めてになりますね。私の名はマリエール。この大聖堂で魔法の研究に携わっております。以後よろしくどうぞ」
「こ、こちらこそ……ご丁寧にどうも。冒険者のヤミと言います」
ぺこぺこと頭を下げつつ、ヤミはマリエールなる人物の姿を改めて観察する。
白いブラウスに紺のタイトスカートとタイツは上質っぽさがあるのに、羽織っている薄汚れた白衣が、それを全て台無しにしている。おまけに目そのものがよく見えないくらいの分厚い丸眼鏡、無理やり三つ編みにしたとしか思えないボサボサに伸び切った髪の毛、そしてカサカサに荒れた肌はそばかすまみれ。
完全に『女性』という性別を捨てているようにしか思えない女性であった。
ニヤリと笑う笑みの不気味さも、見事にそれを助長させている。
女性らしさを考えたこともないヤミのほうが何倍もマシ――そう評価したくなるのが自然だと言えるほどに。
「マリエールさん……またしばらく見ないと思ったら、いつの間に……」
キャロルが驚きを通り越して、心から呆れた表情を見せる。
「何日も研究室から出てこないって、シスターさんたちも心配してましたよ?」
「いやーめんごめんご♪ ちょいと調べものに夢中だったもんでさー♪」
「先月あたりも全く同じこと聞きましたけどね」
「まぁまぁ、そう硬いこと言いなさんな。そんなことよりも……」
ため息交じりなキャロルの言葉をサラリと流し、マリエールはニヤリと笑いながらヒカリのほうを振り向く。
「まさかこんなところに魔族の人が現れるとは思わなんだよ。これは私にとっても、絶好のチャンスに他ならないってヤツでございますよ、グフフフフフ――♪」
「は、はぁ……」
「おおっと安心してくれたまえ。私は別にキミを取って食おうとは思ってないさね。ただちょこっとばかし、試させてほしいだけの話なのさ」
そう言いながらマリエールは、懐から何かを取り出した。やけにテンション高い人だなぁと、現実逃避に近い気持ちで思いつつ、ヒカリはそれを見る。
「……魔法具?」
「お、察しがいいねぇ♪ これは私が開発した魔力測定器だよ」
ふんす、と鼻息を鳴らしながらマリエールは胸を張った。
「これを使ってキミの魔力を測らせてくれたまえ。魔族の魔力がどんなものか、是非ともこの目で見てみたくてねぇ。そ・れ・に――」
マリエールは若手騎士団たちのほうをチラリと見る。
「キミがどのような存在なのかを少しでもハッキリさせたほうが、彼らも安心できると思うんだよね。かくいう私もだけど」
「まぁ、それはそうかもしれないですね。ただ……」
そう言われてしまえば、ヒカリとしては何も言い返せない。マリエールの狙いがどんなものであれ、拒否する理由はどこにもなかった。
それは別に構わないのだが、そんなことよりも彼は言いたいことがあった。
「僕、魔力が全くないんですよね。だから測っても、ゼロしか出ないと思いますよ」
「――へっ?」
あれほどワクワクしていたマリエールの顔が、一瞬にして硬直した。
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