104 ヒカリ、危険性はないと認定される



「えっ? や、その……どゆこと?」

「言ったとおりですよ。僕の体には魔力がないんです。それも全く」

「……魔族なのに?」

「はい」


 あっけらかんと頷くヒカリ。それが事実なのだからそう答えるしかない。

 しかしマリエールは、必死に首を左右に振る。


「いやいやいや! そんな言葉如きでこのマリエールさんは騙されませんわよ!? この目で実際に確かめるまでは信用しきれないってもんでしゃろ!」

「なんか言葉がおかしい気もするけど……じゃあ、ちょっと調べてみますか?」

「言われなくともっ!」


 マリエールは意気揚々と魔法具を作動させ、ヒカリの魔力計測を開始する。その険しい表情に周りの騎士たちは勿論、既に結果が見えているヤミやヒカリでさえも、なんとなく緊張してしまう。

 程なくして、ヒカリの魔力計測の結果が出る。


「……え? マジで『ゼロ』っスか?」


 マリエールは目を丸くし、表情も完全に引きつらせてしまう。


「いや、流石にこれはちょっと……もしかして故障でもしたんかなぁ?」


 それでも色々と諦めきれないのだろう。数秒ほど魔法具をたっぷりと凝視し、やがて顔を上げた彼女は、人差し指を立てながらヒカリを見る。


「悪いけどもう一回だけ測らせてくれる?」

「どーぞ」


 流石のヒカリも投げやりになってきていたが、マリエールは気にしない。というかそれどころではなかった。

 頼むから間違いであってくれ――そんな願いを込めて魔法具を再度凝視する。

 しかし――


「あー……マジで『ない』んだ……」


 表示されたゼロという数字に、今度こそマリエールは認めるしかなかった。自分の魔法具を信じているからこそ最初は疑いもしたが、流石に二度も同じ結果が出てしまえば話は別だった。


「はぁ~」


 理解したと同時にガッカリした――そんな大きなため息をついた。そして、興味深そうに観察しているヤミたちや若手騎士たちのほうを振り向く。


「この魔族の彼、本当に魔力が全くないよ。もう完全なるゼロ。とてもじゃないけど魔法なんて扱えそうにないね」


 その瞬間、若手騎士たちが揃ってざわつき出した。


「魔力を持ってないだって!?」

「マジかよ……魔族はみんな強い魔力を持ってるって聞いてたのに……」

「そうじゃないヤツもいるってことか?」


 聞こえてくる言葉からして、皆が予想していた魔族と大きく違っていることは、想像に難くない。

 更に――


「なんだよなんだよー! 私が求めてたのは、全然こんなんじゃないっつーの!」


 マリエールが思いっきり憤慨する。そしてヒカリに対して、心の底から失望したと言わんばかりの白い目を向ける。


「この私を散々期待させといて結果が『コレ』かい。全くムダな時間取らせるんじゃないよってんだ。あー、つまんねっ! もう研究室にかーえろっと!」


 そう言いながらマリエールは、魔法具を懐にしまいつつ歩き出す。もはやヒカリのことなど眼中になく、ほんの数分前まで見せていた彼女なりのフレンドリーな様子は欠片もない。

 そして遂に彼女は振り返ることもなく、演習場から出ていてしまったのだった。


「……全くもう、随分と言いたい放題言ってくれるもんだねー」


 ヒカリの元に歩いてきたヤミは、マリエールが出て行った扉を見つめながら、呆れた声を出す。


「魔力がない魔族なんて、そんな珍しくもないってのに……偏った知識だこと」

「あはは……でも、彼女は何しに来たんだろうね?」


 苦笑するヒカリは誤魔化しも込めて、去って行ったマリエールの話題を出す。

 別に気にしなければいいだけの話ではあるのだが、全く気にならないと言えば嘘にもなる。突然現れて嵐のように去って行ったのだから尚更だ。


「――恐らく、新しい実験材料を見つけたとでも思ったのでしょう」


 そこに聞こえてきた青年の声。それはヤミにとって聞き覚えのあるものだった。


「ジェフリー!」

「遅くなってすみません、姐さん。一部始終を見させてもらいました」


 若手騎士団の軍勢の中から現れた彼の姿は、有体に言えば爽やかな笑顔をするイケメンそのものだ。

 この場にシスターがいれば頬を染める者も続出していたが、如何せんこの場にいるのは同僚、もしくはその手のことに興味がなかったり理解していない者しかいないということもあって、周りの反応は淡白であった。

 ジェフリーからしてみれば、話しが進めやすくてありがたいほうではあったが。


「マリエールの目論見は外れてしまったようですが、まぁそれは気にしなくてもいいと思いますよ。いつものことですから」

「ふーん。そうなんだ」

「それよりも……」


 ジェフリーは改めて、興味深そうにヒカリを見る。


「ふむ……彼が姐さんの言っていた『弟分』なる少年ですね?」

「あ、はい。ヒカリと申します」

「ご丁寧にどうも。騎士団見習いのジェフリーです」


 にこやかに笑いながら会釈したところで、改めてジェフリーは表情を引き締め、ヒカリを凝視する。


「……体はそれなりに鍛えられてますね」

「まぁ。農作業してますから」

「なるほど。しかし戦いに活かすのは無理そうだ。本格的に鍛えている騎士……ここの見習いたちにすら及ばないでしょう」

「畑が本業なので、別に武器を持って戦ったりするつもりはないです」


 ジェフリーの言葉に淡々と返すヒカリ。特に苛立ちの類はなく、それ以外に言いようがないからそう言っただけだった。


「そうですか……それを聞いて安心しました」


 そんな彼の様子を悟ったらしいジェフリーもまた、目を閉じて小さく笑う。そして改めて控えている若手騎士団たちのほうを振り向くのだった。


「彼に危険性はない。もし何かあったとしても、我々ならばすぐに取り押さえることはできるだろう。まぁなにより……姐さんが黙ってないだろうけどな」


 ニヤッと笑いながら視線を向けてくるジェフリーに、ヤミも肩をすくめてみせる。確かにそうだねという意思表示だった。


「――きゅるぅ?」


 ずっと胸元で大人しくしていたノワールが、ここで鳴き声を出す。

 そんな黒い小さな竜を見て、若手騎士団たちも安心したような驚いたような、微妙に複雑な様子を見せた。


「ひとまず安心ということでいいのか?」

「まぁ、あのヒカリってのはともかくとして……あの小さいドラゴンがなぁ」

「あれだけ大人しいのが、逆にちょっと違和感ある感じだし」

「でもそれだって、姐さんが目を光らせてるから、大丈夫じゃねぇか?」

「確かにな」


 若干の戸惑いはあれど、若手騎士団たちの反応は概ね安心という方向で収まりそうであった。

 これでひとまず安心かと誰もが思った。

 しかし事態は、これで終わることはなかった――それを証明するかの如く、訓練場の扉が勢いよく開かれる。


「――たっ、大変だあぁーっ!」


 バァン、と派手な音とともに、若手騎士の叫び声が解き放たれる。当然ながら、その場にいた全員の視線が彼に向けられ、ジェフリーも目を丸くしていた。


「どうしたんだ?」

「あぁ、ジェフリーさん。なんでもウチらを担当するコックが倒れたそうで、今日の昼食をメインで作る人がいないんです!」

「何だって!?」


 流石にこれは驚きを隠せない。それはジェフリーだけでなく、周りの若手騎士たち全員も同じくだった。


「ウソだろ? 俺、マジで腹減ってるのに……」

「昼飯抜きはキツいぞ」

「俺……今日寝坊したから、朝飯も食ってねぇんだけどなぁ」

「ご飯食べられないなんて最悪なんですけど」


 男女問わず一気に絶望感が押し寄せてくる。騎士団にとって食事は、唯一のオアシスといっても過言ではない。それが消えてしまいそうにもなれば、このような反応になるのは必然であった。


「あのー」


 するとそこに遠慮がちな声が上げられた。ジェフリーや騎士団たちが視線を向けてみると、ヒカリが軽く手を挙げている。


「もし良かったら、僕が代わりに作ってもいいですか?」


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