105 騎士団たちは魔族を見直す
――今日この時ほど、前代未聞の出来事を目にしたことはない。
その場にいた若手騎士団の殆どが思ったことだった。この大聖堂に魔族がいるというだけでも普通ではないというのに、その魔族の少年に料理を作ってもらうなど、何をどう転べばそうなるのだと問い詰めたくなる。
これもまさに『偶然に偶然が重なった』結果なのだろう。
よりにもよって、何故このタイミングで担当のコックが倒れたのか。医者の診断によれば『過労』ということらしい。それを聞いた騎士団たちは首を傾げた。料理人が倒れたら騎士たちの死活問題に繋がるため、定期的に交代制で休暇を取るシステムになっていたはずだった。それはここ何年も守られており、多少なりアクシデントが発生したとしてもカバーできる範囲内のはずなのだ。
ここで一つの真実が明かされる。
数日前、本来であれば休みだったコックが、突如として数十人分の料理を作るヘルプに駆り出されたと。
丸一日かけて回復させるはずだった体力が回復せず、蓄積された疲労と相まって、限界を超えてしまったのだろうというのが、医者の見立てだった。
それを聞いた騎士たちは、思い当たる節があった。
――姐さんだ!
小さな二匹の竜の面倒を見つつ、双子の兄妹たちとのんびり談笑しているヤミの姿を見て、若手騎士団たち全員の心が一つとなった。
聖女の試練を突破した記念を称して開かれた『食事会』――彼女がそこでやらかしたことは聞いている。
その現場を見ていなくとも、なんとなく想像できてしまう。
ただでさえ普段から『あの』食欲なのだ。一週間ぶりともなれば、どれほど凄まじいことになるのか。
(こんなことなら無理してでも、上に進言しておくべきだったのかなぁ?)
(俺たち下っ端には、口を出す権利なんてなかったとはいえ……)
(姐さんの前じゃ常識が通用しないことくらい、普通に分かってたはずなのに……)
ほんの少し接した自分たちでさえ、そう思えるくらいだ。ヤミの家族を名乗る者たちは気づかなかったのか。
いや、恐らく気づいてはいたのだろうが、対応しきれなかったのだろう。
端的に言えば『読み間違えた』と。
己の想像を軽く飛び越してしまうほど、ヤミの凄まじさは誰も計り知れないレベルだったのだと。
しかし、それを今更ゴチャゴチャ思っても仕方がない。
今は目の前で繰り広げられている『別件』に集中すべきだということもまた、誰もが気づいていることだった。
「――はーい、皆さんお待ちどうさまー!」
食堂の各テーブルに作りたての料理が並ぶ。いかにも体を動かすためにエネルギーを付けることを最優先とした、ボリュームたっぷりの品々であった。
「どんどん食べてねー! お代わりもいっぱいあるよー!」
「「「いっただっきまーす♪」」」
「くきゅー♪」
「きゅるるぅー♪」
明るい声が沸き立つ。しかしそれは、主に一つのテーブル――ヤミと双子たちと小さな白と黒の竜が座っている一角のみであった。
他の騎士団たちの表情は皆、大いなる戸惑いに満ちていた。
理由は単純――魔族の少年が作った料理が本当に大丈夫なのかという疑惑が、頭の中を駆け巡っているのだ。
そして、そんな中ヤミたちは――
「うんまーい♪」
「んー、兄さんのごはん、久しぶり♪」
「こんなところで食べれるとは思わなかったよー♪」
「くきゅ、くきゅっ♪」
「きゅるぅー♪」
周りのことなど気にも留めず、ヒカリお手製の料理を率先して食べ出していた。
取り繕っていない、正真正銘の笑顔。ヤミはともかく、幼い双子たちも平然と食べている姿は、どう見ても嘘には感じられない。
「なんか……普通に大丈夫っぽい、よな?」
「あ、あぁ……」
騎士たちの視線は、目の前に並べられた料理に向けられる。漂ってくる湯気と香ばしい香りが、朝からの訓練による空腹を刺激してくる。
ゴクリ――どこかから生唾を飲み込む音が、確かに聞こえた。
それがますます空の胃袋を刺激し、皆の視線は料理から離れられなくなっている。自然とスプーンやフォークに手を伸ばす者たちも続出し、自分は一体何を我慢しているのかと分からなくなってくる者さえいた。
「――はぐっ!」
とうとう、誰かが食べ出した。一体誰がと皆が視線を向けると、それは指導員を務める若手騎士のジェフリーであった。
「うまっ! おいみんな、これはマジで美味いヤツだぞ!」
「っ!?」
騎士たちの表情が変わった。そして各々が恐る恐ると料理に手を付ける。
そして――
「「「「「うっ、うまあああぁぁーーーいっ!」」」」」
少なくとも五人はそう叫んでいた。しかし食べているのは、今や若手騎士たち全員となっている。
「うめぇ!」
「なんだよこりゃ? マジでヤベェぞ!」
「これは精が付きやがるぜ!」
「誰だよ! 魔族の作った料理は大丈夫かって言ってたの!」
「少なくとも一人はオメーだろ!」
感激したり驚いたり、中には些細な言い争いに発展させる者たちもいたが、その根本は料理の美味しさにあった。
誰がどう見ても、ヒカリの料理は高評価――それは明らかであった。
「うん、良きかな良きかな♪」
ノワールに小さく切り分けたフルーツを与えながら、ヒカリは満足そうに笑う。これだけ皆に喜んでもらえれば、頑張って作った甲斐があったというものだ。
大量に仕込んだ料理は、あっという間に皆の胃の中に消える。
残ったのは食べ終わった大量の皿のみとなっていた。
「いやー、美味かったぜ!」
「まさかあれだけのモンが出てくるとは思わなかったよ」
「悪かったな。魔族だからって疑ったりしてさ」
食べ終わった何人かの騎士たちが、ヒカリの元へやってくる。最初に見せていた警戒心は完全に消え失せ、心から歓迎している様子であった。
それを受けたヒカリもまた、安心の笑みを浮かべる。
「いやいや、そう言ってもらえて良かったよ。正直ちょっと出来が不安だったんだ」
「――あれでか?」
「他所の台所だからね。いつもと勝手が違って、かなり戸惑っちゃったんだよ」
「マジかよ……」
驚きを隠せない若手騎士たちは、それからもヒカリにいくつかの質問を投げる。それを普通に答えていき、気がついたら互いに打ち解け合っていた。
その流れで、他にも雑談がてらヒカリに話しかける騎士たちも増えていく。
ヒカリを通して魔族に対する認識を改める、いいきっかけになったことは間違いないのだった。
しかし、そんな中――
「ふんっ」
一人だけ浮かない表情を浮かべている者がいた。
「……キャロル?」
食べ終わるなりさっさと食堂を出て行ってしまった彼女の後ろ姿に、ヤミは妙な違和感を抱くのであった。
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