071 ヤミと双子たちの華麗なる一日~発覚~
その後ヤミは、特別に騎士たちの訓練に参加させてもらうこととなった。
指導官であるジェフリーのお墨付きなのは、見事に証明された。模擬戦の驚きこそ抜け切れてはいなかったが、もはや反対する理由はなかった。
そしていざ、彼女が参加してみると、その空気は違う意味で一変される。
「――よっと!」
障害物を取り入れたクロスカントリーレースにて、ヤミの凄まじい身体能力が惜しみなく披露された。
魔法による身体強化は、一切使用していない。なのにヤミはスタートしてすぐに、独走状態を作り出したのだった。若手の中でもトップクラスのキャロルでさえ、軽々と追い越す姿は、なんとも言えない軽やかさを演出していた。
指導官として見守っていたジェフリーは、驚きながらそれを見ていた。
(姐さんにとっちゃ、単なるウォームアップでしかないってことか……)
少なくとも彼からすれば、ヤミが全力を出しているとは到底思えなかった。それでいてふざけている様子も全くなく、ちゃんと最短コースを選んで、無駄のない動きを維持しているのだから、更に感心させられる。
「見て、シルバ。お姉ちゃん凄いねー」
「くきゅきゅ、くきゅーっ!」
レイに抱きかかえられているシルバは、嬉しそうに興奮している。ヤミが活躍しているからであることは明らかだった。
その隣で、ラスターもワクワクした表情を浮かべている。それに対して、フィンと他の子供たちは、ただただ驚愕するばかりだった。
「見ろよ! あのねーちゃん、そろそろこっちに戻ってくるぞ!」
男の子の一人が指をさしながら叫ぶ。
ヤミは快調に走り続けていた。他の騎士たち――特にキャロルが食らいつこうとしているようだが、差は縮むどころか広がる一方であった。
「――はぁ、はぁっ!」
やがてヤミは他の騎士たちと大きく差を離し、見事一着でゴールする。
流石にその場に身を投げ出すように座り、息を大きく乱していたが、その表情はとても気持ちよさそうな笑顔だった。
いい汗かいたと、そう言わんばかりに。
「お疲れさま、お姉ちゃん」
「くきゅー」
レイがシルバを連れて、姉の元へ向かっていく。その姿を見て、フィン率いる男子たちは、改めて思うことがあった。
「なぁラスター。あのねーちゃんって、マジで何者なんだよ?」
「うーん……ボクも正直、よく分かんない」
「なんだよそれ……」
フィンが吐き捨てるように言いながらそっぽを向く。期待外れだと思われているのは明白だったが、それに対してラスターは肩をすくめるばかりで、気にしている様子は全く見られなかった。
(なるほど。ベルンハルトさんが言っていたのは、こーゆーことだったのか)
子供たちの様子を見ながら、ジェフリーが微笑ましそうに頷いていた。
◇ ◇ ◇
午後の訓練もヤミは参加しており、その時点では既に彼女は、若手騎士たちとかなり打ち解けていた。
特にキャロルとは、遠慮なく話し合えるほどの関係となっていた。
最初は失礼な態度を取って申し訳ないと謝罪し、それをヤミがあっさりと許し、そこから同年代の女子同士ということで話も弾み出したのだ。
それが周りを、自然といい空気に変えていったのは間違いない。
キャロルは勿論のこと、他の若手騎士たちも、ヤミに一目置くようになった。
その中でもキャロルの意識は、何倍も強かったと言えるだろう。模擬戦で対峙した効果も相まってなのは言うまでもない。
故に時間もあっという間に過ぎてゆく。それだけヤミという存在が、若手騎士たちに大きな充実感を与えていたことも、また確かであった。
「最後に模擬戦を行う。姐さんとお前たちによるバトルロイヤルだ!」
ジェフリーがそう宣言した瞬間、ヤミがニヤリと笑い出す。
「面白そうだねぇ。やってみようよ♪」
そして単身、意気揚々とフィールドに向かって歩き出すのだった。その姿に、キャロルが無言で続いていく。
「――俺たちも!」
「あぁ。やられっぱなしは性に合わないぜ!」
「姐さんに少しでも喰らいつくぞ!」
他の騎士たちも表情を引き締め、次々と自らの意思でフィールドに向かい出す。その姿を見ていた子供たちは、揃って驚愕していた。
若手騎士たち全員、午前中とはまるで別人に見えたのだ。
それはジェフリーも同じくであり、ここまで変わるとは思わなかったと、心の中で感心しつつ、審判を務めるべく中央に立つ。
「始め!」
ジェフリーの合図により、双方が一斉に動き出した。
若手騎士たちは、内心で数の多さによる有利性を考えていた。流石のヤミでもこれだけの人数を相手に、たった一人で太刀打ちできるとは思えないと。
しかし――それは甘い考えであった。
「はぁっ!」
魔力で身体強化したヤミが、縦横無尽にフィールドを動き回る。騎士たちはあっという間に翻弄され、次から次へと体制が崩されてゆく。
「ぐわあぁっ!」
「ぶほっ!」
「ひ、ひいいいぃぃーっ!」
次から次へと吹き飛ばされていく騎士たち。その中心にいる一人の少女を、誰一人として止めることができない。
数の暴力を相手に、ヤミは笑顔で圧倒してゆく。
もはや彼女は止まらない。このままあっという間に勝負がつくと、見学している子供たちは皆、そう思っていたのだが――
「くっ、まだまだ!」
「大丈夫か! 気をしっかり持て!」
「このまま終われるかよ!」
騎士たちは負けじと立ち上がり、再びヤミに向かっていく。心が折れかけている者もいたが、その都度周りが励まして立ち上がらせる。その間にもヤミは止まらず、どこまでも迫ってくる。
それに恐怖を感じないわけがなかったが、騎士たちは立ち向かい続けた。
「スゲェ……あんなにボロボロなのに、まだ戦うのかよ!?」
「なんかカッケェや!」
「オレも、いつかあんなふうに……」
フィンとその取り巻きたちもまた、子供ながらに意識が変わっていた。
有体に言えば泥臭く、何度も吹き飛ばされる姿ばかりだったが、その中に確かな格好良さを感じてならなかった。
皆、真剣かつ必死な表情を見せており、それが子供たちの心をも動かしてゆく。
その凄まじい時間もまた、あっという間に過ぎていくのだった。
「――それまで!」
オレンジ色の光が演習場を眩しく差し込む中、ジェフリーの声が響き渡る。
一人を除いて、全員が倒れていた。
本気で叩きのめされ、男女問わず痣だらけの状態であったが、その表情は皆、晴れやかなものだった。
やがて一人一人が立ち上がり、叩きのめした張本人の前に整列する。
そして真剣な表情で、一斉に頭を下げた。
『ありがとうございました――姐さんっ!』
声を揃える騎士たちに驚く少女だったが、すぐににこやかな笑顔を見える。
「こちらこそありがとう! 今日は参加させてもらえて、本当に楽しかったよ」
礼の言葉を述べつつ、改めてヤミは集まった若手騎士たちを見渡す。皆、晴れやかでまっすぐな表情を向けてきており、最初の否定的な視線は、もはや欠片も見られないほどだった。
するとヤミは、その奥――すなわち演習場の入り口のほうに、新たな人物が二人ほどいることに気づく。
そのうちの一人である聖女に向かって、ヤミはあっけらかんと言い放った。
「あれー? おかーさんじゃない。いつの間に来てたの?」
その瞬間――演習場内が静まり返った。
騎士たちも振り向いたまま、茫然と固まっている。無理もないだろう。騎士団長と聖女アカリが、突如として演習場に姿を見せたのだから。
それに加えてヤミの発言である。
当然ながら聞き逃すことはできず、キャロルが震えながら手を挙げる。
「あ、あのー、ヤミさん? 今、どなたに向かって『おかーさん』と……」
「え? あそこにいる聖女サマだけど?」
またしてもあっけらかんと言い放つヤミに、キャロルは再び硬直してしまう。しかしそれも数秒のこと――震えていた騎士たちの口が、一斉に解き放たれる。
『ええええええぇぇぇぇぇーーーーーーっ!?』
口をあんぐりと開けながら、渾身の力を込めて叫ぶ声。それが演習場内を今日一番といっても過言ではないくらいに響かせる中、ヤミは周囲を見渡しつつ、ポリポリと後ろ頭を掻き出す。
「あー……なんかあたし、マズいことしちゃったかな?」
「くきゅー?」
後ろ頭をポリポリと掻き出すヤミの頭に、同じくあまり意味を理解していない様子のシルバが飛んで来て、そのまま静かに着地するのだった。
かくしてアカリとヤミの関係が、大聖堂中に一気に知れ渡ることとなった――
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