070 ヤミと双子たちの華麗なる一日~決闘~



「いやー、驚きましたよ。まさかあねさんとラスター君たちが姉弟だったとは」


 演習場への道を歩きながら、ジェフリーは感慨深そうに言う。


「正直僕も、初めて姐さんの顔を見た時は、聖女様に似てるなーとは思ってました。すぐに気のせいだろうと流してしまいましたけど」

「まぁ、それが普通の反応だろうね」


 ヤミも歩きながら苦笑する。双子たちとの関係を簡単ながら明かしたのだ。フィン率いる少年たちは大層驚いていたが、兄であるジェフリーの驚きがそれほどでもなかったため、今は鳴りを潜めて付いてきている状態であった。


「――ねぇねぇ、お姉ちゃん」


 レイがヤミの服の裾を引っ張ってくる。子供たちを代表して尋ねてきたのだ。


「お姉ちゃんって、ジェフリーさんと知り合いだったんだね?」

「うん。前にちょっとねー」


 特に隠すことでもないため、ヤミもすんなり答える。


「あれは確か……一年くらい前だったかな? とある町でジェフリーと会って、ちょいと絡まれたことがあってね」

「え? 絡まれた?」

「さっきみたいな感じ」

「あぁ……」


 それだけでレイはなんとなく察した。黙って聞いているラスターも、そういうことかとひっそりため息をつく。もっともそれ以外の子供たちは、まるで理解できていない様子であったが。


「その時、ちょっとした事件に巻き込まれてね。それをきっかけにジェフリーも、考えを改めたって感じさ」

「えぇ。己の未熟さを痛感させられました」


 ジェフリーが熱を込めながら、拳を握り締める。


「あの時の僕は、どこまでも調子に乗ってました。姐さんと出会っていなかったら、未だに心を入れ替えていなかったでしょう。そして私は、どこまでも迷いなく突き進むあなたに、心から尊敬するようになりました!」

「あたしを『姐さん』と呼ぶようになったのも、それからだったっけ。正直ちょっとハズいというか、なんとゆーか……」

「姐さんは姐さんと呼ぶ他ありませんよ!」

「……まぁ、なんでもいいわ」


 もはや何を言っても無駄だと思い、ヤミは投げやりに言った。ジェフリーはそれを気にも留めずに、恩人に会えた喜びを噛み締めながら、辿り着いた大きな建物の前に立ち止まる。


「――着きました。ここが、我ら聖堂騎士団が訓練している演習場です!」


 重々しい大きな扉をゆっくりと開け、ジェフリーがヤミと子供たちを中へ入れる。そして扉を閉め、一歩前へ出るとともに口を開いた。


「整列!」


 その掛け声に、散らばっていた騎士たちが一斉に駆け出し、集まってくる。迷いなく列を成したその光景を前に、表情を引き締めたジェフリーが立つ。


「今日は特別に見学者を入れる。皆、気を引き締めていけ!」

『――はいっ!』


 野太い声が響き渡る。中には女性も交じっており、その表情はとても凛々しい。


(へぇ、女の子の騎士もいるんだ……てゆーかジェフリーって、何気に立場持ってる感じだったんだなぁ)


 肩書きまでは把握していないが、少なくとも若手を指導する権限を持つ、それなりの位置に立っていることは間違いないだろう。

 腕を組みながらヤミが感心していると、一人の手が挙げられているのが見えた。


「ジェフリー指導官。一つだけよろしいでしょうか?」

「何だ、キャロル?」


 キャロルと呼ばれた、ヤミと同年代くらいの女性騎士が、目を細くする。


「子供たちの見学は分かります。我が大聖堂が誇る未来のエリートですからね。しかしそこの娘は何ですか? 明らかにただの『田舎者』ではありませんか」


 田舎者――をしっかり強調してくるキャロルに、他の騎士たちもまた、皆揃って小さく頷きを示してくる。

 その視線を、一直線にヤミへと向けながら。


(うっわ~。なんか完全に見下されてる感じだなぁ、こりゃ……)


 引きつった笑みを浮かべながらも、ヤミはこの手の展開に心当たりがあった。


(エリート意識の高さは、ハンパないってことか)


 王族や貴族がよく見せる光景そのものであり、大聖堂の騎士たちも、決して例外ではなかった――それを知れた気がして、ヤミは思わず苦笑する。

 特に嫌悪感はない。むしろ物珍しい場面が見れたという、謎の嬉しさがあった。

 ヤミがそんな感情を抱く中、キャロルはジェフリーに話を続けている。


「指導官がお優しいのは分かります。しかしここは我が騎士団の、神聖なる訓練場であることも確かなのです。無暗に田舎から来た余所者を入れるというのは、如何なものかと私は思えてなりません」

「――ほう?」


 若干の苛立ちを込めて進言するキャロルに対して、ジェフリーは一言だけ呟いた。怒っているようにも思えるし、様子を見ているだけとも取れる。なんとも判断しがたい口調に場の空気も張りつめてきていた。

 すると――


「ならばお前の手で、実際に確かめてみるがいいだろう」


 ジェフリーがニヤリと笑い、そしてヤミのほうを振り向いた。


「すみませんが姐さん。一つこのキャロルと、模擬戦をしていただけませんか?」

「あたしが?」

「えぇ。私としても是非、今の姐さんのお力を見てみたいところでしたので」


 にこやかな笑みを浮かべるジェフリー。その瞬間、キャロルの睨みが険しくなっているのだが、会話をしている二人はそれに気づいていない。


「いいよ。やろうか」


 特に何も考えている様子もなく、ヤミは二つ返事で受ける。そして後ろに控えている妹に視線を向けた。


「レイ、シルバをちょっとお願い」

「はーい」

「くきゅっ」


 シルバがヤミから離れ、自らレイの胸元に飛んでいく。そのままレイが抱きかかえる形を取る中、ヤミとミッシェルは演習場のフィールドに向かっていった。

 他の騎士たちや子供たちも、フィールドを囲むように移動する。

 やがてヤミとキャロルの二人が対峙する。そのタイミングを見計らい、ジェフリーが一歩前に出てくる。


「――武器や魔法の使用は許可。どちらかが負けを認めれば終了。模擬戦ゆえに、命を奪う行為は禁止。それが見られた場合は反則とする――異論はないな?」


 その問いに、二人は真剣な表情で無言を貫く。ジェフリーはそれを見届け、ゆっくりと右手を挙げた。


「始め!」


 模擬戦開始が宣言される。しかし二人は動かない。正確に言えば、キャロルは剣を抜いて構えているが、ヤミは肩の力を抜いている状態だ。両者が同じテンションであるとは言い難い。


「く……やる気があるのかどうかは分かりませんが……」


 キャロルはギリッと歯を噛み締めた。


「手加減はしません――っ!?」


 深く構え、相手に力強く踏み込もうとした。しかしそれはできなかった。

 気が付いたら目の前にいた人物が、忽然と消えていた。そして、ほんの一瞬前まで自分の手にあったはずの剣も。

 一秒と経たぬうちに、後ろに強い気配が現れる。

 キャロルが勢いよく振り向くと、剣の鋭い切っ先が目の前にあった。


「なっ……」


 意味が分からなかった。何が起こったのか、本当に理解できていなかった。

 その突き付けられている剣が、まさに数秒前まで、自分が握り締めていたはずの剣であることに、キャロルはまだ気づけていない。


「あたしの勝ち――で、いいよね?」


 ニヤリと笑うヤミの視線を受けたジェフリーもまた、圧倒された表情であった。しかしすぐに我に返り、再び右手を挙げる。


「これまで! この模擬戦、ヤミの勝利とする!」


 ジェフリーの宣言と同時に、突き付けていた刃がスッと下ろされる。それによって切り落とされたように、張りつめていた空気も消え失せた。

 そしてヤミの表情もまた、明るい笑顔に戻る。


「ほい。これは返しとくよ」


 ザンッ、と景気のいい音が鳴り響く。ヤミが剣をフィールドの、キャロルの目の前に突き立てたのだった。

 地面は土となっているため、引き抜くのは容易である。

 しかしキャロルは、そのまま手を動かせず、逆に自分の腰を抜かしてしまった。


「負けた……この私が……」


 茫然と呟く声が演習場に広がる。他の騎士たちも皆、声が出せないほどに、今の状況が信じられなかった。

 子供たちも同じくであったが、すぐさまいつもの笑顔を見せたのが、二人――


「おねえちゃーん、かっこいーっ♪」

「姉さん、やっぱり凄い」


 嬉しそうに叫ぶ双子たちの声に、ヤミも笑顔でピースサインを送るのだった。


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