069 ヤミと双子たちの華麗なる一日~再会~



 時は今朝まで遡る――

 朝食を終えたヤミは双子たちに連れられて、大聖堂の敷地内を探索していた。シルバも彼女の肩にしがみ付いており、興味深そうに周囲を見渡している。


「くきゅー」

「改めて見ると、なんか凄い感じするよねぇ」


 人が暮らす町でありながら、普通の町とはどこか違う。城下町の類は彼女も色々と見てきたが、そのどれとも当てはまらない。大聖堂らしい特別な何かを感じると、ヤミは思えてならなかった。

 とはいえ、まだ探索は始まったばかりである。

 大聖堂の敷地は城下町並みに広い。暮らしている双子たちでさえ、敷地内全てを把握しているわけではないため、実質これは案内という名の、三人での探索といっても過言ではなかった。


「とりあえず、二人がおススメする場所とかあったら、教えてくれる?」

「うん。わたしたちにお任せあれっ!」


 真っ先に自信満々な笑みを浮かべたのは、レイだった。


「じゃあまずは、えっと――」

「訓練場とかでいいんじゃない?」

「そだねー」


 結局、提案したのはラスターだったが、それに気づくこともなく、レイは頷く。それでいいのかと一瞬思ったが、二人はそのまま振り向き、見上げてきた。


「姉さん、行こ」

「お姉ちゃん、早く早く♪」

「くきゅー」


 せがんでくる双子たちに合わせて、シルバも肩越しにご機嫌な鳴き声を上げる。自然とヤミも笑顔となり、その手を取ろうとした、その時だった。


「――あれ? ラスターがいるじゃねーか!」


 甲高い少年の声が聞こえてきた。振り向くと、双子たちと同年代くらいの男の子が数人で固まり、ニヤニヤと笑みを浮かべながら近づいてくる。

 呼ばれた本人も振り返るが、その表情はどこか浮かない様子であった。


「フィン……」

「あんだよ、シケたツラしやがって。さらわれたって聞いて心配してたんだぞ?」

「そーだそーだ!」

「心配してくれてありがとう、ぐらい言えよな!」


 フィンと呼ばれた少年に続いて、彼の後ろにいる少年たちも、ニヤニヤと笑いながら声を上げる。

 どう見ても野次の類であり、からかいを込めていることは明らかであった。

 それだけならばよくある子供の風景であり、ヤミからしても大して驚くようなことではない。

 が――少し気にはなったので、レイのほうに視線を向けてみる。


「アイツのお父さまは、騎士の隊長を務めているの」

「ふーん。つまりベルンハルトさんの、直属の部下ってわけだ?」

「そんな感じ」

「要はエリート騎士の息子であると」

「まさにそれだね。しかも騎士団長の息子であるラスターに対して、事あるごとにちょっかいをかけてくるの」

「あー、それもなんとなく分かった。らしくないとかそんな感じでしょ?」

「ピンポーン」


 感情の込められていない声が、レイの口から解き放たれる。表情も完全にうんざりとしたそれであり、それだけで双子たちが普段から、色々と面倒な大変さを背負っていることが見て取れてしまう。


(立場ある親の子供、か……)


 その重圧にラスターは苦しんできたことは、それとなく聞いている。だからヤミも分かるような気はした。

 何せラスターは、騎士団のトップを務める男の息子なのだ。

 そしてその息子が、父親のように立派な騎士『らしさ』が見えないとなれば、同年代の子たちが悪い意味でのターゲットにするのも、これまた自然なことであると言えてしまう。

 まさに今、フィンという少年が仕掛けてきているように――


「それにしてもダッセェよなぁ! まんまと捕まってさらわれるなんてよ!」


 フィンが一歩、ラスターに近づきながら笑い出す。


「騎士団長の息子が情けなくてしょうがねぇ。ワルモノくらい倒しやがれっての!」

「そーだそーだ!」

「お前みたいなのがいたら、騎士団の名前にキズがつくんだよ!」

「オレたちの頑張りをムダにすんじゃねーってんだ!」


 次から次へと放たれる野次の声は、完全に勝ち誇った調子であった。いい気になっているという言葉がよく似合う。ラスターがここまで、何も言い返していないからこそでもあるだろう。

 それはフィンのほうも読み取っており、更に一歩前に出てきた。


「オメーみてぇな弱虫が、騎士なんてなれっこねぇんだよ。さっさと辞めちまえ!」


 ビシッと人差し指を突き出しながらフィンは言い放つ。

 この後の展開は、少年らも想像していた。

 涙目になりながら視線を逸らし、ぼそぼそと小声で何かを言うのだ。そうしたらそれに対して、また何か適当にツッコミを入れればいい。

 それが自分たちのルーティーンでもあるのだ。今更それが覆ることもない。

 と、すっかり思い込んでいた次の瞬間――


「うん。ボクはそうするつもりだよ」


 ラスターは晴れやかな笑顔で、そう言い切った。その瞬間、侮蔑を込めていた笑みが一斉に硬直し、それは驚愕の震えに変わる。

 そんな中ラスターは、更に続けた。


「ボクは騎士にはならない。父上にもちゃんと話して、許可をもらったんだ」

「な、なんで……」

「決まってるじゃん。ボクが自分の意思で、そう決めたからだよ」


 はっきりとした口調は、決して強がりの類ではない。八歳の子供なりにそれを感じ取ったのだろう。

 だからこそ――


「お前……自分の言ってること分かってんのかよ!?」


 フィンは血相を変え、ラスターに掴みかかるのだった。


「騎士団長の息子が騎士にならないだなんて、大問題もいいところだぞ!?」

「そんなの知ったこっちゃないよ」

「バカヤロウ! 騎士にならなかったら、大聖堂からも追い出されるぞ! お前みたいな弱虫が、一人で外に出て生きていけるわけねーだろうが!」

「覚悟の上だよ」

「そうだよ! ラスターの決意をバカにしないでよね! それに――」


 遂に我慢できなくなったのか、レイも出てきた。そしてくるっと振り向いて、後ろに控えていた姉を見上げる。


「いざとなったら、お姉ちゃんが協力してくれるもん。ね、お姉ちゃん?」

「――うん。もちろん!」


 笑顔でヤミが頷く。それを聞いたラスターも、改めて安心したような笑みを浮かべて振り向いた。

 そこだけ切り取って見れば、仲睦まじい年の離れた姉弟に見えただろう。

 しかし如何せん、それでは済まない者たちもいたのだった。


「お前の……お前のせいだなっ!?」


 フィンの怒りの矛先が、ラスターからヤミに切り替わる。


「お前が何か余計なことを吹き込んだんだ! そのせいでラスターは、バカなことを言い始めたんだ!」

「ちょ、ちょっと待ってよ! ボクは別に……」

「ラスターは黙ってろ! オレがこのオンナを倒して、お前の目を覚まさせる! お前はオレと一緒に、騎士団のトップに二人で立つんだからな!」

「えぇー?」


 勝手に何を言っているのだと、ラスターはうんざりした声を出す。しかしフィンもフィンで、心から本気の表情をヤミにぶつけていた。

 一方ヤミはヤミで、妙に冷静な考えを、フィンに対して巡らせていた。


(……ははーん。さてはこのガキんちょ、ラスターがいないと寂しいとか、そんな感じなのかな?)


 過去にも何回か、この手の考えを持つ子供の姿を見たことがあった。故に今回も、恐らくその口だろうとヤミは思った。

 至って不思議なことではない。むしろよくある話とすら言えるだろう。

 フィンがラスターを本気で嫌っていないことは、少し見ればすぐに分かる。むしろその逆だからこそ、からかいという名の『構い』をしてしまう――なんとも微笑ましいことだと、ヤミが思っていたその時だった。


「――何を騒いでるんだ、フィン?」

「あ、兄貴!」


 突如現れた人物――騎士の格好をした青年の姿に、フィンは表情を輝かせる。そのまま彼の元へ駆け寄り、真正面からすがるように抱き着いた。


「聞いてくれよ兄貴! あの小汚い余所者が、ラスターをたぶらかしたんだ!」

「はぁ? 急に何を言い出して――」


 全く持って意味が分からず、青年騎士が視線を巡らせる。弟が指をさした先には、きょとんとした表情で某立ちしている一人の少女。

 年代的には自分と同じかと思ったその時――彼は気づいた。


「あ、あなたは!」

「んー? もしかしてジェフリー? 久しぶりだねー」


 ヤミもそれに気づき、彼の名を呼びながら片手を上げる。ジェフリーと呼ばれた彼もまた、嬉しそうな笑みを浮かべ、姿勢を正した。


「こちらこそ、お久しぶりです――あねさん!」


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