076 アマノイワト
「――さぁ、着きましたよ」
アマンダが立ち止まった目の前に広がるそれに、ヤミは呆然とする。
「着きましたって……何なんです、この大きな岩山は?」
率直な疑問をヤミは尋ねる。言葉も一応、最低限の敬語は使うようにした。志願者として、指導官の機嫌を損ねることはご法度なのだから、と。
もっともそれは大きな勘違いであることを、ヤミは知る由もない。
「ただの岩山ではありません。これは『アマノイワト』と呼ばれる聖なる洞窟です」
「アマノイワト……いかにも神秘的な名前だなぁ……」
思わず素で感心してしまうヤミ。そこに大きなため息が聞こえてくる。
「どうやら聖女の御子なのに知らないようなので、説明させてもらいますね」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「…………」
皮肉を込めた言葉だったにもかかわらず、ヤミはサラリと流してしまう。それも完全に気づいてない様子であり、それが余計にアマンダを苛立たせる。
(……まぁ、いいわ。いい気になれるのもここまでよ!)
しかしアマンダは必死にこらえ、コホンと咳ばらいをした。そして改めて、そびえる岩山に手をかざす。
「この『アマノイワト』は、常に聖なる魔力で満ち溢れている洞窟です。聖女を目指す者が聖なる魔力を極めるために、必ず訪れる場所なのです」
「じゃあ、ここで修業するということですか」
「そうなります。もっとも当然、生半可なことではありませんけどね」
アマンダはニヤリと笑う。
「この中に入って一週間、飲まず食わずで過ごします」
「い、一週間!?」
「えぇ。そこで体に宿る聖なる魔力と、この洞窟の聖なる魔力を循環し合うのです。余計な考えや気持ちを全て振り払わなければ、決してこなすことは不可能。それだけ聖なる魔力というのは、ただの魔力とは違うということですよ」
「……なるほど」
茫然としたまま聞いていたヤミだったが、最後の言葉を聞いて、少しだけ表情が引き締められた。
何故ならヤミは、少しだけ心当たりがあったからだ。
(もしかしたら昨夜のアレも……)
真っ白な空間で確かに話していた。目に見えないその存在は、何故か他人とは思えないでいた。
ずっとなんとなく疑問には思っていたのだが――
(考えてみれば、聖なる魔力に目覚めてから、ちょくちょく見るようになった。魔力そのものが『生きている』とすれば、あたしが話していたのは……)
確証は全くない。だがヤミは、それが一つの正解だと思えていた。それを確かめるためにも、この場で修業する必要がある。
「この洞窟に入って一週間過ごす……それが、聖なる魔力を扱う第一歩、ということなんですね?」
「えぇ。無事に魔力の循環が行われれば、命に問題も生じないと言われております。どうやら理解してくださったようでなによりです」
ここでようやくアマンダは、笑みを浮かべてきた。それを見たヤミも安堵し、表情を綻ばせる。
しかしアマンダは、そのままアマノイワトに背を向け、歩き出してしまう。
「それでは、頑張ってください」
「えっ? いや、あの……洞窟にはどうやって入れば……」
「本当に聖なる魔力を持っているのならば、簡単に開けられるはずですよ」
「……なるほど」
その一言でヤミは察した。アマノイワトの入り口を開けるところも、聖なる魔力を鍛えるための立派な試練なのだと。
(面白い。受けて立とうじゃないの。あたしのこれまでの全てをぶつけてやる!)
ヤミが拳を握り締め、改めて岩山を見上げる。アマノイワトそのものが、自分を見下ろしているような気がしており、より一層気合いが入る。
そんな彼女を後ろ目にアマンダは笑う。
応援という暖かなものではなく、侮蔑という冷え切ったものとして。
(――バカな女。私の言ったことを完全に信じちゃって……笑えてくるわね)
アマノイワトについての説明は本当である。聖女を目指す者が、修業として訪れる場所という点も偽りはない。
ただし――そこが『最終試練の場所』であることを除けば。
本来、基礎訓練だけで言えば、聖なる魔力も普通の魔力もさほど変わりはない。少しやり方が違うだけで、場所は魔導士の訓練場だけで事足りるものなのだ。
つまり現時点で、ヤミにアマノイワトを案内する必要は全くない。
これはアマンダの嫌がらせなのだ。
最初から聖なる魔力の訓練そのものを、彼女は受けさせるつもりはなかった。しかし大神官の命令である以上、ある程度の姿勢は見せなければならない。
アマンダはそこで、一つの策を思いついたのだった。
(あの女にアマノイワトを開けることなんかできるはずがない。夕方にでもなれば、きっと途方に暮れて戻ってきて泣きついてくる。そこで私はあの女に、試練失格の烙印を押してやるのよ! そう……勝手な行動をしたというペナルティとして!)
ヤミが自分でアマノイワトを見つけ、興味を抱いて勝手に近づいた――そのようなストーリーに仕立て上げようと考えていた。自分はあくまで訓練場に案内した。神聖な洞窟に近づくなと念を押し、一生懸命止めたのだと。
全てはヤミの責任。自分は悪くない――それがアマンダの理想な展開であった。
そしてそれは、既に成功への道を辿っている。万に一つの奇跡でもない限り、それが覆ることは決してないと、確信めいた笑みを浮かべていた。
(そもそもアマノイワトの入り口は、特殊な魔法で施錠されているわ。普通の人に解除なんてできない。それこそ『封印魔法』と『拘束魔法』を、問答無用で無効化したり破壊したりするぐらいでないと……ふふっ♪)
基礎訓練の内容を偽って教えた時点で、アマンダもペナルティの対象ではある。しかし他に見ている者はおらず、なにより彼女はアカリからの信頼も厚い。だからこそいくらでも言い訳のしようはあると思っていた。
もしもこれが普通であったならば、それで正しかったと言えるだろう。
しかし如何せん、ヤミは普通ではなかった。
故にアマンダは失敗した。決めつけて立ち去らず、ちゃんとその目で見届けるべきだったのだ。
封印魔法と拘束魔法を、問答無用で破壊してしまう人物が存在することを。
「――さーてまずは、洞窟の入り口をなんとかして開けないとだね」
ヤミは岩山を見上げながら、ため息をついた。
「聖なる魔力を持っていれば開けられる……一体どーゆー意味なんだか」
ヤミがとりあえず『アマノイワト』に手を触れた、その瞬間――
「ん?」
パァン――と、そんな音が聞こえたような気がした。そして岩山の一部が消滅し、洞窟の入り口が出来上がる。
「あらら、触るだけで開けられるんだ。けっこー単純な仕組みで良かったぁ♪」
ヤミはそのまま、意気揚々と『アマノイワト』の中へと入っていく。その姿を目撃する者はいない。
アマンダが少しでも後ろを振り向いていれば、その事実に気づいたかもしれない。
しかし彼女はそのまま、背を向けた状態で教会へと戻ってゆく。
洞窟へ入る方法に四苦八苦する野蛮人の様子など、確認する価値もない――そう言わんばかりの勝ち誇った笑みを浮かべながら。
――コオォォーッ!
やがてヤミが洞窟の中へ入ると同時に、消えた岩山の一部が一瞬で元に戻る。
殆ど風が流れる程度の音しか響いておらず、誰も気づかない。
すっかり元通りとなった『アマノイワト』――その中に人がいるなど、誰も想像すらできない状態と化してしまった。
かくして事態は、誰もが想像しない方向へ転がり出したのだった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます