075 シスター・アマンダの真意



(これはアレかな……既に修業は始まっているってことか)


 アマンダは単なる案内人だけでなく、ヤミの指導官も兼ねているのだとすれば、今の冷たい態度も、分からなくはないような気がした。

 今の自分はあくまで志願者。先輩として厳しくするのは当然のこと。

 そう考えれば自ずと、自分の振る舞いに対し反省すべき点が浮かんでくる。


(確かにちょっと馴れ馴れし過ぎたかも……気を引き締めていかないとだね!)


 ヤミは静かに拳を握り締める。今ここで謝罪の言葉を出しても、相手は受け入れてくれないだろう。むしろ逆効果となるだけだと思った。

 流石は大聖堂だとヤミは見直した。

 聖なる魔力を育てる環境が、そんなに甘いわけがない――たとえどんな厳しい修業を課せられても必ず乗り越えてみせると、ヤミは胸に誓う。

 そんな前向きな考えをする中、目の前を歩くシスターはというと――


(全く嘆かわしい! こんな田舎娘が聖なる魔力を持つなど、許されないわ!)


 歩きながら苛立ちを募らせていた。それはもう、しっかりと表情に表しており、もし彼女の顔を誰かが見れば、少なからず驚いたことだろう。

 それくらい今のアマンダは歪んでいた。

 ついでに言えば、ヤミの考えは思いっきり外れていた。

 アマンダの抱く気持ちはただ一つ――それは、ヤミに対する憎悪のみであった。


(泥臭い騎士を相手に大立ち回りをしたとかどうとか……そんな野蛮にもほどがある田舎者の冒険者風情が、実は聖女アカリ様の生き別れた娘ですって? 冗談も対外にしなさいっての! 大神官様もどうかしていらっしゃるわ!)


 最初に聞いた時はデマだと思った。そんな突拍子もない事実などあり得ない。何かの間違いに決まっていると。

 しかし――それはすぐに覆されてしまった。

 大神官トラヴァロムが、自ら声を上げて表明したことにより、それを信じざるを得なくなったのだ。

 あくまで一人の客として扱う、特別扱いはしない――そのようなことも色々と言っていたが、アマンダからすればその全てが、どうでもいいことであった。


(きっとこの女は、聖女様のことを逆恨みしているんだわ。それで子供じみた嫌がらせをするために現れたに違いない! 大神官様は騙されているみたいだけど、この私の目は誤魔化せないわ。聖女様の表情が曇っているのがいい証拠よ!)


 今日もアカリと話をした。その際にヤミの話題も出てきたが、アカリの表情はかなり複雑そうであり、アマンダからしてみれば、とても心から喜んでいるようには見えなかったのだ。


(偉大なる聖女様を悲しませる人は、聖なる天罰を受けるべきよ! 私はそのために役目を授かったんだわ。えぇ、そうよ! そうに違いない!)


 もはや盲目と言っても差し支えないアマンダ。しかしそれも無理はなかった。

 彼女にとっての聖女は、単なる肩書きなどではない。まさに『神』に匹敵する存在として、日頃から崇めているのだった。

 聖女がイエスと言えば全てがイエスになる――そう思うほどに。


(そうよ――私がシスターの道を選んだのも、聖なる魔力を込めて祈り続け、いつか聖女の娘として認めてもらうため! 私以外の娘なんて要らないのよ!)


 有体に言って無茶苦茶にも程がある考えだが、アマンダ自身はどこまでも本気であることは間違いない。

 故に、聖女に娘がいるという事実は、彼女にとっては『邪魔』でしかなかった。

 そしてそれはヤミだけが当てはまるわけではない。


(大体あのおこちゃまも目障りなのよ! たまたま聖女様が産んだというだけで将来の聖女? ふざけんのも対外にしなさいっての!)


 アマンダの脳裏に浮かぶのは、双子の片割れである少女。アカリの娘らしく聖なる魔力に恵まれた、アマンダにとってどこまでも苛立たせてくれるその少女を、どうにかしたくて仕方がなかった。

 あんな子供はいなくなってしまえばいい――そう思っていた。


(だから私は動いたのよ。闇組織の人たちとコンタクトを取り、聖女様が生んだおこちゃまたちを、どこか遠くへ消し去るために! まぁ、私もシスターとしての清らかな心は持っているからして? 死は望まないとは言ったけれどもね!)


 そしてそれは成功された――はずだった。

 双子共々、転移魔法によってどこか遠くへ飛ばされた。仕掛けた組織の人間は、特殊な魔法によって全ての記憶が失われ、証拠は一つも残していない。

 アマンダが手引きしたという事実はどこにもない。

 何もかも上手くいったと思われたそこに――双子たちは帰ってきたのだ。現在も後ろを歩いている憎き女を連れて。


(……まぁでも、おこちゃまたちが自分の道を定めたってのは、いい意味で計算外のことだわね)


 ここでようやく少しだけ、アマンダの表情に穏やかさが戻った。


(お坊ちゃまは騎士にならないと言ったらしいし、お嬢ちゃまのほうも、この野蛮的な田舎娘の影響をすっごい受けているとか言われてるし……そうなればもう殆ど間違いなく、二人揃ってこの大聖堂を追われるでしょうね)


 将来は大聖堂に仕えないのだから、むしろそうなって然るべき。双子の妹のほうは聖女にならないと表明こそしてはいないが、周りが認めずに追い出す姿が、アマンダの脳裏にしっかりと浮かんでいる。

 もはや決められた定めだと思い込み、アマンダは笑みを浮かべた。


(フフッ、本当にバカな子たち。たとえ戯言だったとしても、立場ある親の子の発言には力が宿る。後で泣き言を言っても遅いだけ……賽は投げられたも同然よ)


 双子たちがいなくなるということは、聖女の子供がいなくなる。そうなれば必然的に後釜が必要となり、そこに収まれる人物は、自分を置いて他にいない――アマンダはそう思っていたのだった。

 しかし――ここでもう一人邪魔がいた。

 それがヤミという存在だ。


(全く、なんで娘がもう一人現れてくれちゃうのかしら? 複雑な事情だかなんだか知らないけど、野蛮人であると分かった以上、排除の対象に他ならないわね)


 ヤミという少女は、レイ以上に聖女にふさわしくない。

 騎士に混じって暴れ回り、食堂で人の何倍も料理を平らげるなど、淑女の欠片もない人となり。少し調べれば簡単に分かることだった。

 故にアマンダは、ヤミに対して苛立ちを抑えることができないでいた。


(なんでなのよ……何故、聖女の娘になることを願っていた私がなれずに、ぽっと出の田舎娘が聖女の娘として認められるの? どうしてこの女が……聖女様を母と呼ぶことを許されているの!?)


 呑気な声で『おかーさん』と呼んだという事実は、アマンダの耳にもしっかりと入ってきていた。

 彼女がヤミを敵と見なしたのは、まさにその瞬間といっても過言ではない。


(……許せない。こんなこと、絶対に許しておくわけにはいかないわ!)


 それは、どこまでも身勝手極まりない猛信な心に過ぎない。アマンダはそれに気づくこともなく、ただひたすら突き進んでいく。

 変な意味でまっすぐ過ぎるその行動が、やがて凄まじい結果を引き起こす。


 彼女はそれを知る由もなかった――


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