074 いざ、聖なる魔力の修業へ!
翌朝――ヤミはアカリとともに、トラヴァロムの元へ訪れた。
「聖なる魔法の修業がしたい?」
「是非ともお願いします!」
ヤミが頭を下げる。知り合いの老人ではなく、ちゃんと大聖堂のトップを相手にお願いをする気持ちが込められており、その態度の変貌にトラヴァロムは勿論、アカリも驚かずにはいられなかった。
「で、でも……どうしてそんなことを急に?」
戸惑いながら娘に尋ねるアカリに、トラヴァロムは目を丸くする。
「なんだ? アカリも詳しくは聞いておらんかったのか?」
「大神官様と話したい、という一点張りでして……」
「そうか。まぁそれは別にいいが――ヤミよ、理由を話してもらえるかな?」
「はい」
ヤミは真剣な表情で頷き、そしてまっすぐな視線で語ってゆく。
聖なる魔力に目覚めはしたが、まだそれを上手く扱うことはできない。このまま闇雲に特訓するよりも然るべき場所で習い、確実にそれを自分のものとしたい。大聖堂であれば、それも可能なはずだと見越してのお願いだと――ヤミはハッキリと自分の言葉で告げたのだった。
「なるほどな。お前さんの気持ちは理解できたが……」
トラヴァロムはチラリと視線を向ける。そこにはあからさまに、申し訳なさと気の進まなさとなんとかしてあげたい気持ちが入り混じる、とても複雑な表情を浮かべるアカリの姿があった。
そしてそれは、トラヴァロムも否定しきれないものがあった。
(確かに聖なる魔法の修業自体は、この大聖堂で行うことはできる。だが……)
それも全ては『聖女を目指すこと』を前提としたものであり、単なる魔法の修業とは一味も二味も違う。
これはこれで、無理もない話ではあった。
そもそも聖なる魔力に覚醒すること自体が珍しく、それに目覚めた者は、おのずと聖女の道を目指すのが通例だった。それは決して強制ではなく、あくまで選択権は魔力所持者に委ねられるが、それを過去に拒んだ者はいない。
それだけ聖女という存在は唯一無二であり、肩書きとしても大きいものなのだ。
聖なる魔力に目覚めればなれるというものではなく、目指したくても目指せない者も数知れず。折角魔力に目覚めたのに聖女になろうとしない――それは神に選ばれなかった者たちへの侮辱行為だと見なされるほどなのだ。
ごく一部の『例外』を除いては――
「つかぬことを聞くが……ヤミよ」
顎から緩やかに伸びた真っ白な髭を触りながら、トラヴァロムが尋ねる。
「お前さんは、聖女になりたいと思ったことはあるかね?」
「思ったことなんかないし、なりたくもないです」
即答だった。一応、敬語らしい形を取ってはいるが、あまりにも率直過ぎて、思わず圧倒されてしまうほどだった。
彼女の隣では、無言のまま顔を伏せ、頭を抱える母親の姿があった。
そしてトラヴァロムも、表情を引きつらせる。
(想定はしておったが、まさかこうも真正面からハッキリ言ってくるとはな……)
それもヤミらしいとは言える。だからと言って、返答に困る内容であることに変わりはなかった。
(しかしこの子に、聖なる魔力があることも、また確か――となれば!)
トラヴァロムは表情を引き締めつつ、ヤミを見据えて頷いた。
「――よかろう。ヤミに聖なる魔力の修業を行う許可を、ワシから正式に出す」
「やった! ありがとうございます!」
嬉しそうに笑顔を見せるヤミ。そして――
「大神官様!」
アカリは血相を変えて、トラヴァロムに詰め寄らんばかりに近づいた。
「どういうおつもりですか!? あの子は……」
「まぁ、落ち着け。アカリの言いたいことは、ワシにも分かる」
そしてトラヴァロムも慌てることはなく、アカリを呼び寄せて小声となる。ちなみにヤミは、修業の許可が出たことに対する喜びに浸るあまり、二人の様子など全く見えてすらいなかった。
「あの子の聖なる魔力は、まだ不安定な状態にある。それを安定させてやる必要はあるだろう。しかしそのためには、聖女の修業は避けて通れん……お前さんが気にしておるのはそこだろう?」
「はい……まだ一日や二日程度ですが、とてもあの子がついて行けるとは……」
「だろうな。聖女になる気がサラサラないとくれば、尚更だ」
聖女の修業は、なにも聖なる魔力の訓練だけではない。
魔力の基礎訓練を終えた後は、神や精霊に清らかな心で祈りを捧げる――そんな淑女の姿勢を学ぶ訓練が待っているのだ。
無論、王族や貴族と渡り合うためのマナーやルールも、厳しく叩き込まれる。
聖女という立場を考えれば、至って当たり前に迎える試練であり、挑んだからには乗り越えて然るべきとすら言えるのだが――その対象がヤミともなれば、色々な意味で話が別となってくる。
アカリが懸念しているのはそこであり、それはトラヴァロムも考えていた。
「しかし、ヤミが聖なる魔力に目覚めたという事実に変わりはない。ここで下手に断るようなことをすれば、かえって面倒になる」
「面倒、ですか?」
「聖なる魔力を所持する者を、みすみす見逃したという結果になるからだ。そうなれば自然と、大聖堂そのものの失態として、世間に広まるだろう。ワシ一人が気にしなければいいという問題を超えてくる」
「……弁明は難しい、ですよね」
「うむ。このまま何もしなければの話になるがな」
いずれ直面することだと、トラヴァロムは思っていた。故に一つのプランを、彼は考えていたのだった。
「ヤミには普通に訓練を受けてもらう。恐らく淑女の訓練のどこかで、あの子は確実にどこかで失敗し、失格の烙印を押されるだろう」
「はい……親として恥ずかしい限りですが、それは火を見るよりも明らかかと……」
「しかしあの子の目的は、あくまで聖なる魔法の特訓のみ。淑女の試練に興味があるとも思えんし、失格されたところで気にも留めない可能性が高い」
「……当初の目的は、達成されているからですか?」
「そうだ。我が大聖堂としてのメンツも保てるし、あの子も満足するだろう。少々心苦しいところはあるが、互いが納得できる最善の策はそれしかない」
何もしなければ言い訳のしようもないが、何かをすれば言い訳のしようがある。せこいと言われればそれまでだが、現時点で他に手がないのも確かではあった。
「そう、ですね……分かりました」
もはやそれで行くしかないと判断し、アカリも渋々ながら頷いた。
◇ ◇ ◇
「それではヤミ。そなたにはこれより、聖なる魔力の基礎訓練を受けてもらう」
「はい!」
大聖堂の本堂にて、ヤミはやる気満々の返事をする。トラヴァロムの隣にはアカリの他にもう一人、シスター服を身に纏った女性が佇んでいた。
年齢的にはヤミと同年代であり、栗色の長い髪の毛を、後ろで大きな三つ編みにしている。表情は穏やかな笑みを浮かべており、優しそうな印象を感じた。
「訓練の場所と内容の案内は、この子に一任するわ」
アカリがシスター服の女性に視線を向ける。
「この子はアマンダ。シスターとして、私のサポートをよく勤めてくれているの。とても優しくて明るい子だから、きっとあなたとも気が合うと思うわ」
「アマンダと申します。聖女様の御子を案内できて、とても光栄にございます」
両手を腹部よりも少し下に添えつつ、ゆっくりとお辞儀をするアマンダに、ヤミも姿勢を正した。
「こちらこそ。あたしはヤミです。よろしくお願いします」
「はい。それでは早速、場所へ案内しますので、私に付いてきてください」
アマンダは一歩前に出つつ、トラヴァロムとアカリのほうを振り返る。
「聖女様、大神官様。後はこのアマンダにお任せを」
「うむ」
「娘をよろしくお願いするわ」
その言葉に頷きを返し、裏口に通ずる扉に向かってアマンダは歩き出す。ヤミもそれに続き、二人に会釈をしつつ歩き出すのだった。
程なく空いて外に出たヤミは、そのままアマンダについて行く。
(まさかいきなり修業を始めてもらえるなんてね。シルバをレイたちに預けてきて、ホント正解だったわ)
今朝の別れ際に、寂しそうなシルバの表情を思い出してしまう。レイとラスターが責任を持って預かると宣言してくれたおかげで、ヤミも涙を呑んでシルバを預けることができたのだ。
(それにしても……一体どこへ向かってるんだろ?)
歩いているのはどう見ても裏庭の類であり、周囲に訓練場らしき建物もない。それどころか人っ子一人おらず、あるとすれば遠くに岩山が見える程度だった。
「ねぇ、アマンダ。聖なる魔力の基礎訓練って、どんなところでやるの?」
無言のまま歩くのもどうかと思い、軽い雑談のつもりで放った質問であった。そんな軽い口調のヤミに対し――
「……うるさいですね」
アマンダの声は完全に冷え切っていた。そして振り向いてきたその表情に、笑顔は宿っていなかった。
「余計なお喋りは無用です。いいから黙ってついて来てください」
「は、はぁ……」
さっきまで見せていた笑顔や態度はどこへ行ったのか――そんな疑問が過ったが、ヤミはそれを訪ねることができず、ただひたすら無言で歩くのだった。
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