073 不思議な夢、再び



 一方その頃――ヤミは騎士たちと、食堂にて賑やかな夕食を楽しんでいた。


「しかし驚きました。まさかヤミさんのお母様が聖女様だったなんて……」


 熱いスープをすすりながら、キャロルがしみじみと話す。


「ヤミさんは、最近までずっとご存じなかったとのことですが――」

「んん~、んんんぅ~♪ はむっ! うぅ~ん、うまーいっ!」

「聞いてないですね」


 隣に座り、一心不乱に片っ端から料理を喰らい尽くしていくヤミに、キャロルは少しだけ脱力してしまう。

 ラスターとレイから言われてはいたのだ。

 たくさん動いた後の姉は、とにかくたくさん食べるから――と。

 正直キャロルは、その時点ではさほどしっかりと受け止めてはいなかった。訓練後にたくさん食べる騎士たちは他にもたくさんいる。ヤミもその一人に過ぎないということならば、別に身構える必要などないと。

 しかしそれは、今となっては完全に前言撤回ものであった。


 ――ガツガツ、バクバク、モリモリ、モシャモシャ!


 笑顔を絶やさず、運ばれてくる皿を次々と空にし、積み重ねられていく音が途絶えることもない。

 他の騎士たちも完全に、その姿に絶句してしまっていた。


「なぁ……こりゃあ、アレだよな……あのチビッ子たちも予測してたとか?」

「だろうぜ。だから遠慮してきたんだろ」

「チビッ子のくせにいっちょ前に、とか言っちまったけど、今となっちゃそれで正解だったのかもしれねぇなぁ」

「あぁ。このペースだと、俺たち見習い用の食糧庫、空っぽになりかねんぞ……」


 流石にそれはないだろう――とは、誰も言えなかった。それくらいヤミの食べっぷりは、凄まじいをも軽く通り越しているのだ。

 しかしながら、それは決してマイナスな意味で見られているわけでもなかった。


「……あれだけ思い切ってると、むしろ清々しいって感じするよな?」

「あぁ。なんかもう『姐さんだから』って言葉で、全部片づけられそうだわ」

「確かに……姐さんらしいような気がするよ」


 一周回って逆に受け入れられる――例えて言うならば、そんなところだろうか。それも決して盲目的なものではなく、純粋に今の彼女の姿を見て、しっかりとそう判断していることは間違いない。

 そして、ヤミの隣に座る彼女も、また――


「そうですよね……ヤミさんはヤミさんですから」

「ん? 何か言った?」

「いえ別に」


 夢中で口をもごもご動かすヤミに、キャロルは小さく笑う。そして顔を上げ、改めて隣に座る彼女のほうを向いた。


「ヤミさん」

「んー?」

「どうかヤミさんは、そのまま変わらないでいてくださいね」


 その言葉に、ヤミは口を動かしつつも、キャロルを凝視する。何を聞いてきているんだろうという疑問に加えて、確かなる強い真剣さを感じてならなかった。

 笑って軽く答えるという選択肢は、自然と消えた。

 口の中に残っているものをしっかりと飲み込み、ヤミもまたフッと小さく笑う。


「――もちろん。変わるつもりもないし、変えるつもりも一切ないよ」


 その答えに満足したのだろう。キャロルは嬉しそうに笑い、それを聞いていた他の騎士たちもまた、ニヤリと笑みを浮かべるのだった。

 この場にいる全員が思っていた。

 聖女の娘だとか、そんなことはどうでもいい。ヤミはヤミなのだから、と。


 また一つ、ヤミと騎士たちの間で、絆が深まった瞬間であった。



 ◇ ◇ ◇



 ――随分と楽しい時間を過ごしていたね。


 姿形の見えない『それ』が、何事もなかったかのように話しかけてきた。


 ――ちゃんとおかあさんのことも『おかーさん』と呼んでたし。

 ――いやだって、一応あたしを生んだ人ではあるからね。

 ――呼ばない理由がないから呼んだ感じ?

 ――まぁね。

 ――思うところとかないの?

 ――んー、特には。

 ――そっか。


 至極当たり前のように会話をしているが、ヤミにはその相手が見えていない。しかしそれも相変わらずのことだった。

 真っ白な空間で、脳内に直接語り掛けてくるその声を、自然と受け入れられる。

 何故ならそれは知っている存在だからだ。

 実在こそしていないが、『それ』はちゃんとそこにいる。だからヤミも、笑顔で対話ができるのだった。

 一番に臨んでいることだと、考えるまでもなく分かってしまうから。


 ――でも嬉しいよ。

 ――何が?

 ――あなたが段々と近づいてきているから。

 ――いや、意味分かんないし。

 ――そのうち分かるよ。

 ――だから答えになってないって。


 ヤミはため息をつく。しかし本気で苛立っているわけでもない。むしろそのはぐらかす姿勢に、妙な可愛らしさすら感じられるほどだった。

 果たしてそれが何故なのかは、まだヤミ自身にも理解はできていない。


 ――待ってるよ。


 最後に聞こえたのは、そんな言葉だった。そして間違いなく――笑っていた。


「っ!」


 気が付いたら、薄明るくなりつつある部屋の中だった。

 目を見開いたまま天井を見続ける。両隣からは、気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。視線を向けてみると、双子たちがしっかりとヤミの寝巻を掴み、軽く抱き着くようにしていた。

 そして枕元には、丸まった状態でスヤスヤと眠りにつくシルバの姿もあった。

 ヤミは思わず表情を綻ばせるが、すぐにその笑みを消してしまう。

 まるで――その場にいない『誰か』に対して、気を遣っているかのように。


(夢……いや、違う!)


 無意識に表情が引き締められる。ヤミは確信していた。確かに『それ』はいると。あくまでその姿を確認できないだけであって、ここにいるのだと。

 体の中を巡る聖なる魔力が、それを認めている。

 故にヤミは意識せずにはいられない。

 自分が本当に『姉』だと分かったからこそ、余計に――


(ダメだ……今のままじゃ)


 ヤミはゆっくりと起き上がる。器用に双子たちを起こさないよう、音一つ立てずにベッドから降り、分厚いカーテンを少し開ける。

 朝を知らせる太陽が、ちょうど昇ってきたところであった。


(ここでもう一段階……何がなんでも進まないと!)


 眩しい光に目を細くしながら、ヤミは新たなる決意を固めるのだった。


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