083 逆に清々しく思えてきました



(流石のワシでも、この展開は全く想像すらできんかったぞ)


 トラヴァロムの視線はヤミに向けられる。満面の笑みで大口を開け、次から次へと料理を頬張るその姿に、彼は表面上でこそ平然ではあったが、その内心は決して穏やかではなかった。


(聖なる光の柱――その出現は、本来新たな聖女の誕生を意味するのだが……)


 しかもそれは『聖なる魔力そのもの』が選んだということであり、ただ単に誰かが認めたのとは大きく訳が違う。生まれ持った才能に恵まれた者の中から、更に選ばれた者にしか与えられない栄誉ある称号なのだ。

 それこそが、代々受け継がれてきた『聖女』という存在なのである。

 故に選ばれた者は、聖なる魔力の象徴とも言える大聖堂において、その役割を進んで全うする。むしろそれを目指して生きてきたのだから、それ以外の選択肢などあり得ないというのが基本なのだ。

 しかし残念なことに、基本があるからには『例外』もあるということである。

 それこそがまさに今の状況であった。


(ヤミの場合は、偶然に偶然が重なっただけ……とても望まれた結果とは言えん)


 それを如実に示しているのが、目の前のヤミの行動そのものであった。

 本来、アマノイワトから帰還した新たな聖女に出される食事は、質素なものと決められている。

 理由は至極単純。聖なる魔力で繋ぎ止めていたとはいえ、一週間も飲まず食わずの時間を過ごしていたのだから、単純に体が食べ物を受け付けないのだ。故に修業というわけではなく、そうせざるを得ないというのが本当のところだ。

 これは周りからしても都合が良かった。

 聖なる魔力の象徴とも言える『聖女』は、控えめな態度こそがふさわしい。

 光の柱が発生した直後に開かれる大聖堂内でのささやかな宴も、先代の聖女をいたわることと、新たな聖女を迎え入れることを目的としており、大神官や貴族たちが大いに盛り上げる役割を担う。

 故に本来であれば、用意された料理は貴族たちのためのものであり、聖女が食べるためではない。

 これまでの長い歴史で繰り返されてきたことだ。

 代々の聖女たちもそれを認識しており、異世界から降り立ったアカリでさえ、それに従っていたほどだった。

 正式に『聖女』と認められる――それが全ての栄誉なのだから。

 しかし――


「あ~むっ♪」


 ヤミは大きな骨付き肉を持ちあげ、豪快にかぶりつく。ソースが飛び散ろうが頬が汚れようが、まるでお構いなしの状態であった。

 彼女の人となりからすれば、至って『いつものこと』である。

 そしてそれは、聖女にふさわしい行動とはまるで真逆と言わざるを得ず、苦々しい表情を浮かべる者が少なくないのも当然だと言えた。


「――大神官様」


 小声で囁きかけてきたのは、副料理長のローファンであった。大聖堂に勤める料理人の中では、料理長のランディーを除いて大神官のトラヴァロムと対話できる、数少ない存在でもあった。


「その……もはや当初の予定どおりに作る余力がなくなってしまい……」

「いや、構わん。ただでさえ例外に例外が重なっている状態だ。ランディーにも、よくやってくれていると伝えておいてくれ」

「――はい!」


 ローファンは小声で一礼し、スッと下がる。その目にはうっすらと涙が浮かんでいたように見えたのは、恐らく気のせいではないとトラヴァロムは思った。


(今はいわば『聖女の誕生における前夜祭』みたいなもの。ここで振舞う食事を担当するシェフは、本来ならば栄光あるものだが……その対象がヤミとなれば、自ずと話は別となってきてしまうな)


 貴族や王族の祭典を意識し、味と質と見た目を重視した『雰囲気を楽しむ』だけの料理では、ヤミの心も腹も絶対に満たせない。

 既に二十人分以上の料理を平らげており、まだまだ収まる様子もない。

 量を作るだけならまだ良かった。問題はそこが、大聖堂の貴族たちも参加しているという点だった。

 祭典用の手の込んだ料理を、想定の何十倍もの量を作る羽目となった。

 当初のシェフやコックだけでは到底人数が足りず、大聖堂中のコックたちがヘルプで駆けつけることとなった。

 しかし当然ながら、全員が全員、求められる料理を作れるわけではない。

 担当になるということは理由があるということだ。


(最初は質を重視してはいたが、もはや完全に量を優先する結果となったか……)


 ヤミの目の前に置かれているのは、丸ごと焼かれて雑に調味料をぶちまけただけの大きな骨付き肉。そしてとにかく大きさだけを重視して、形などの見た目を一切気にしない意識で焼き上げられた巨大な焼きたてパン。更に食べられる部分を惜しみなく切り出して乱雑に山積みされたサラダ。ドレッシングに至っては完全にセルフサービスとなり、ボトルがいくつも並べられている。

 どれも祭典の場において、個人の前に並べられる料理としてはあり得ないものだ。ラスターやレイですら、そのことに気づいているくらいである。

 しかしヤミは――


「ん~、うまぁいっ♪」


 途轍もなく喜んでいた。むしろ一番の笑顔を見せていると言ってもいい。

 隣に座る幼い双子の兄妹たちも気になったのだろう。とても流すことができず、遂に姉のほうを見上げながら訪ねた。


「お、お姉ちゃん……」

「んー?」

「なんかその……すっごい嬉しそうだね?」

「うん! だって最初に出てきたのより食べごたえあるんだもん♪」


 レイの問いかけにヤミが笑顔で即答する。それに圧倒されたのか、レイは言葉を失ってしまい、代わりに双子の兄であるラスターが繋げた。


「た、たべごたえ?」

「そうそう! お皿はやたら豪華なのに量が少なかったり、細々しててどこから食べればいいのか分かんなかったり、そのくせ追加の料理がなかなか運ばれてこなかったりしてさ。もう食べても食べてもぜんっぜん満足できなかったんだよねー!」

「……そうなんだ」

「でも、やーっとここにきて、あたしが望んでたのが出てきてくれた感じかな。このでっかいお肉なんてもうサイコーだよね♪ 今日一番の料理だよ」

「そう……良かったね」

「うんっ♪ この野菜も新鮮シャキシャキでうんまいわぁ♪」


 表情を引きつらせるラスターのことなどまるで気にも留めず、ヤミは満面の笑みでバリバリと豪快に音を立て、サラダを食していく。態度は勿論のこと、言葉すらも全く遠慮していない。というより、する意味が分からないと言わんばかりなその自然過ぎる態度に、周りは改めて呆然としてしまう。

 貴族たちも目の前に料理こそ置かれてはいるが、全く手を付けていない。ヤミの勢いが凄過ぎて、もはやそれだけで腹が膨れてしまう気分になっていた。

 しかし思いのほか、険悪な雰囲気にもなってはいない。

 何故なら――


「……ジェフリーから話には聞いていたが、まさかこれほどとはな」

「あぁ。驚きを通り越して、見事とさえ思えてくるぞ」

「私の倅も、騎士団の訓練で影響を受けたと聞いていたが……本当のことだったか」


 ヤミがたった一日で関係を築き上げた若手騎士たち。その中には貴族出身者も存在しており、その者たちが話したことで、ヤミという人間に対してある程度の事前知識は備わっていたのだ。

 ただし殆ど半信半疑の状態でもあった。

 あまりにもぶっ飛んだ内容ということもあって、信じ切れないというのは無理もない話だと言えるだろう。現にこの場で驚いている貴族の大半は、若者たちの噂話が本当だったという事実に驚いている――それが一番多かった。

 軽蔑の類もそれほどではない。

 全くないわけではないが、トラヴァロムたちが予想していたよりも、周りの反応に刺々しさは見られるようで見られなかった。

 その理由も、ヤミにあると言えた。

 とにかく彼女のやること成すことがぶっ飛び過ぎていて、ドン引きするあまり、いちいち軽蔑するのも馬鹿馬鹿しくなる――要はそういうことであった。


「……あそこまで振り切っていると、なんだか逆に清々しく思えてきますわね」


 大皿を抱えてガツガツと頬張るその姿に、とある令嬢が呟いた。それに対して周りの人々も、確かにと一斉に頷いた。


「もう三十人前は食べてるように思えるが……」

「いや、あれは恐らく、既に五十人前はいってるように見えるぞ?」

「なんかもう、見事とすら感じますね」

「この場にコックがいなくて良かったかもしれんな」

「確かに。その場しのぎの料理が一番評価されるというのは、彼らも不本意だろう」

「それは言えるな」


 貴族たちの言葉からして、もはや物珍しさのほうが勝っているのは確実であった。

 むしろ大聖堂の食糧庫がいつ空っぽになるのか――それを心配する声のほうが、圧倒的に多いほどであった。


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