084 優しさか、甘さか
「むしろ一番に考えるべきは、今回の件の『元凶』ではございませんかな?」
とある貴族の男性――年齢は恐らく三十代後半あたり――が、自身のかけている眼鏡をくいっと上げながら発言する。
それに対して隣に座る男が口を開いた。
「シスターのアマンダか」
「うむ。実に厄介なことをしてくれたものよのう」
向かいに座る男も発言し、周りの貴族たちも頷いていた。そして一斉にトラヴァロムに視線を向けると、彼も無言のまま頷く。
そのまま続けてよろしい――と。
「まぁでも……今の元凶の姿を見れば、なんとも間抜けとしか思えませんが……」
眼鏡の男の発言に、またしても周りは頷いていた。
アマンダが全ての元凶であることは、既に周りに知れ渡っていた。何故なら彼女が錯乱して、全て自白してしまったからである。
不審な態度だから取り押さえられたとか、そんなものではない。
聖なる魔力の柱に浮かぶヤミを見て、その場で彼女は洗いざらいぶちまけたのだ。
あり得ない、信じられない、こんなのはデタラメだ――そんな叫びとともに、大声で実に分かりやすくベラベラと解き放たれた。当然、その場にはトラヴァロムやベルンハルトたちもおり、彼女はすぐさま取り押さえられたのである。
改めてアマンダは騎士団に拘束され、事情聴取が行われた。
彼女は否定するどころか、真っ向からそれを認め、更に文句まで言ってきた。
――あんな野蛮人と聖女様が親子など、あってはいけない事実なのです!
堂々と胸を張ってそう言い放つアマンダに対し、取り調べていたベルンハルトは、思わず絶句してしまっていた。供述をまとめる役目を担っていた騎士も、視線こそ書類に落としていたが、ペンの動きは完全に止まっていた。
無論、この事情聴取にはアカリも同席していた。
彼女は当然ショックを受けていたが、それでもなんとかアマンダの心を変えようと呼びかけていた。
――私は正しいことをしたまで。全ては聖女様の輝かしい未来のためですから!
反省の色を見せるどころか、むしろ反省する意味すら見出せていない様子に、もはやどんな言葉も通じるとは思えなかった。
流石のアカリも、成す術がないと判断せざるを得なかった。
アマンダはシスターの肩書きを剥奪。大聖堂の牢屋の中に投獄された。
強制追放したほうがいいのではという声もあったが、彼女の裏に組織の類が見え隠れしていることも発覚しており、下手に追い出せばどうなるか分からない危険性もあると見なされた。
しばらくは大聖堂に留め、管理しながら様子を見ることが決まったのである。
「……正直なところ、私はいつかこうなるとは思ってましたがね」
眼鏡の男は、ため息交じりに発言した。すると他の貴族たちも、重々しく目を閉じながら口を開いていく。
「あの小娘がアカリ様を妄信していることは、大聖堂でも有名でしたからな」
「アカリ様……というよりは『聖女様』をと言ったほうが正しいかと」
「えぇ。彼女の視線はアカリ様を通して、その先にある大きな存在を見ていたように思えましたからね」
そんな貴族たちの言葉に、アカリのみは軽く硬直する。
彼女自身もそれとなく聞いたことはあった。アマンダが『聖女』のためならば、何をしてもいいという考えを抱いていると。それを示すような行き過ぎた行動もとっていることがあると。
しかし――
「アカリ様はいつも『考えすぎ』だと笑っておられましたけど」
貴族令嬢が吐き捨てるように言った。それに対してとある貴族の男もまた、どこか小馬鹿にするように噴き出す。
「私も少しばかり耳にしたことがありますね。行き過ぎた行動も、アマンダがそれだけピュアな心の持ち主であり、きっといつか分かってくれる日が来る――そんなふうに庇う言葉を、ね」
「優しさを通り越した『甘さ』としか思えませんな」
「その結果がこのザマか」
「まぁ、それも含めてこのような結果は、割と予想できたのではないかと」
「確かにな」
どの貴族も軽く笑っており、その視線はチラチラとアカリに向けられている。途轍もなく居心地の悪さを感じてはいるが、アカリはただ俯くばかりだった。
(これも……私のせい、よね……)
身から出た錆――それをここにきて痛いほど味わっていた。まさに針の筵そのものの状況ではあったが、ひたすら耐えるしかできない。
そんな彼女の様子を一瞥しながら、貴族令嬢がため息をついてきた。
「他のシスターたちですら気にかけていたというのに、アカリ様はずっと見てみぬふりをなされてきました。これは立派な責任問題と言えるのではないでしょうか?」
「確かに」
「全くないとは、流石に言い切れませんな」
「アカリ様がちゃんとしていれば、ここまでの結果にはなっていなかった」
「左様。聖女であるからこそ、ちゃんとケジメを付けさせねば……」
場の空気は徐々に険悪と化してくる。姉のほうを気にかけていた双子たちも、流石に気づいて来ており、視線を動かしながら戸惑いを見せていた。
ベルンハルトも無言のまま、アカリの背中を摩っていた。愛する妻にそれくらいのことしかできない――そんな歯痒さを覚えながら。
そんなアカリの家族たちの気持ちなど、他の貴族たちは気にも留めない。
皆の冷たい視線が、容赦なく聖女に向けられている。前々から少しずつ思うところがあったという、そんな積み重ねを示すようなねっとりとした視線は、とても突発的なものであるとは言えなかった。
(ふむ……少々いかんな)
流石のトラヴァロムも、黙って見ているわけにはいかなくなった。
ここは大神官として一言申さなければ――そう思っていざ、口を開きかけたその瞬間であった。
「――はぁー、美味しかったーっ♪ ごちそーさまでした♪」
大きな器がテーブルに置かれる重々しい音とともに、ヤミの呑気かつ心から幸せそうな声が、大広間に響き渡った。
その場にいた他全員が、見事なまでに呆気に取られる。
あれほど冷たい視線を浮かべていた貴族たちも、こぞって目を丸くして、満面の笑み浮かべ腹を撫でる少女を凝視する。
「正直もーちょっと食べられる気はするけど、腹八分目っていうもんね」
「えっ……」
「これだけ平らげて、まだ……?」
ラスターとレイの驚く声は、その場にいた他全員の総意でもあった。わずかに目を見開く者も頻出しており、同じような感想であることを如実に表している。
眼鏡をかけた貴族の男もまた、その一人であった。
「……この話はひとまず置いておくことにしましょうか」
「ですな」
「異論はありませんわ」
完全に気が逸れた――興ざめしたと言ったほうがいいかもしれない。
とはいえ、あくまで一時的な先延ばしに過ぎない。少なくとも彼らの言葉全てに、反対意見が出ていないのは事実だからだ。
それよりも考えなければいけないことがある――ヤミを見ながら、彼らの心は再び一つとなってゆくのだった。
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